2006年03月26日

あばよ、しばよ

前回、「さようなら」の意味を説明するにあたって、「じつにかんたんなことで、わざわざ調べるまでもないこと」と述べました。しかし、同じように別れの時に使う「あばよ」の語源となると、多少難しくなります。

まずは、同じような場合に使われる、音の似たことばがないかどうか、考えてみます。そうすると、「さらばよ」ということばが思いつきます。「さらば」「さらばよ」は、古くからあることばです。現代語で言えば「そうであるならば」「そうであるならばねぇ」ということです。「じゃあ」「それなら」「さようなら」と、同じ発想のことばです。

この「さらばよ」の幼児語が「あばよ」だったのではないか。そう思って、『日本国語大辞典』を見ると、まさしく、そのように書いてありました。〈さらばをまねた幼児語あば、あばあばの「あば」に終助詞「よ」が付いたもの〉ということです。

ところが、よくよく調べると、これには異説があります。方言学の山口幸洋氏は、
私は「アンバイ(案配)良う」で、意味的には、「具合よく」と同じだったのだと考えている。前記関西地方とその周辺では「アンバヨーやった」のように副詞的によく使われており、「アンバヨー行け、帰れ」のようにも普通に言う。それは「ご機嫌よう」とも同じなのである。(『しずおか方言風土記』静岡新聞社 p.120)
と述べます。なるほど、「あんばいよう」を速く言えば「あばよ」になります。こうなってくると、もう、一般常識に照らすだけでは答えが出ません。私の頭の中には、「ここから先は分からない、撤退せよ」という信号がともります。

ただ、「あんばいよう」を語源とするには、疑問が残ります。

まず、「あばよ」が幼児語として使われたらしいことの説明がつかない。ヘボン『和英語林集成』の再版(1872)に「あば」について「子どもと別れるときに使われる。さようなら。同義語に、あばあば・あばよ。」とあり、第3版(1886)に「(子どもに話すときに使われる)さようなら。同義語に、あばあば・あばよ。」とあります(拙訳)。「案配良う」では、子どものことばらしくありません。

また、方言で、「あばな」「あんばー」などの形があることの説明がつかない。「案配良う」ならば、「良う」が抜けては意味をなしませんが、「よ」が抜けた形で使われることがあります。

「あばよ」が、途中で「案配良う」と混ざった場合もあるかもしれません。しかし、もとをたどれば、「さらばよ」の幼児語だったと考えたほうが、すっきりします。

語源探求の話はここまでです。ここからは、もう1つの話。

「あばよ」は、「あばよ、しばよ」などと、ことばをつないで使われます。これも、子どもの場合です。『日本国語大辞典』には、中勘助「銀の匙」(1913-15)の例が引かれています。今、岩波文庫本によって示すと、
彼はさんざ口ぎたなく罵{ののし}ったあげくお恵ちゃんに耳っこすりをして意味ありげにひとをしり目にかけながら
あばよ、しばよ
といってさっさと帰りかけた。それをお恵ちゃんまでがまねをして
あばよ、しばよ
といいいいあとについていってしまった。(p.128、「お恵ちゃん」の「恵」は草冠つき)
というのです。この「しばよ」こそ、どういう意味なのか、さっぱり分かりません。

この言い方は、江戸川乱歩の作品にも出てきます。
「じゃあ、またあしたね」
 そして、ある四つ辻{つじ}で別れる時には、お冬はきまったように、少し首をかしげて、多少甘ったるい口調で、このようにあいさつをしたのである。
「ああ、あしたね」
 すると、格二郎もちょっと子どもになって、あばよ、しばよ、というようなわけで、弁当箱をガチャガチャいわせて、手をふりながらあいさつするのだ。(江戸川乱歩「木馬は回る」〔1926年発表〕『人間椅子 他九編』春陽文庫 1987年新装版 1996年22刷 p.136)
浅野信著『巷間の言語省察』(1933)では、これが「あばよ、ちばよ」の形になります。
アバヨ チバヨ
  マタクルヨ……
 ……
アバヨ チバヨ
  マタオイデ……(p.12-13)
大阪出身の作家・町田康氏は、「あばよ、いばよ」の形を使っています。
結句、それが友情を長続きさせるこつだ。ブランデーは貰ってくよ。あばよ。いばよ。ぺー。と、自分は、先ほどソファーの様子を窺う際に忍ばせた両の足を、(町田康「屈辱ポンチ」〔1998.08発表〕『屈辱ポンチ』文春文庫 2003.05.10 p.157)
私自身は、こういうことば遊びをした経験はありません。いったい、この「しばよ」とか「ちばよ」とか「いばよ」とかいうのは、ほかにどういう変異体があるのでしょうか。

posted by Yeemar at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月25日

「さようなら」の語源と意味

以前に、「「さようなら」の意味」という文章を書きました。これは、「さようなら」というせりふを、言った人と聞いた人とが、別々の意味で考えていた、という話を書いたのです。

ところが、その後、私のブログを訪れる人がどういうキーワードを手がかりにしているかを調べてみると、「さようなら」「意味」ということばをきっかけにやって来る人が少なくありませんでした。これは、おそらく「さようなら」の語源が知りたいということでしょう。そして、私の文章を読んだ人は、「さようなら」の語源について何も書いていないので、がっかりしたでしょう。

それでは申しわけないので、「さようなら」の語源と意味について書いておきます。

「さようなら」とは、「そうなら、そうならば」ということです。「それでは」「では」「じゃあ」などと同じで、それまでの話を打ち切り、話を変えるときに使うことばのひとつです。「それでは、これで失礼します」とか、「さようなら(ば)、あした会いましょう」とか言うところを、全部言わずに、初めのところだけで止めているのです。

これは、じつにかんたんなことで、わざわざ調べるまでもないことです。おそらく、「さよう」ということばは、やや古いので、聞いたことのない若い人が多くなっているのだと想像します。

「さよう」は、「そう」のていねいな言い方です。「そうですか」をていねいに言えば「さようですか」となります。「そうならば」「そうなら」をていねいに言えば、「さようならば」「さようなら」になります。難しくはないでしょう。

ところが、ほかのホームページを探してみると、「さようなら」の語源・意味について、私には賛成できない説を述べている人が少なくありません。たとえば、

・平安時代の女性のことば「さようならず」(そのようにはなりません)から
・「太陽とともに生活しているならば、ご気分がよろしいでしょう」という意味
・「そうならねばならぬのなら」という、あきらめのことば(これは須賀敦子『遠い朝の本たち』に、リンドバーグ夫人の解釈として載っているそうです)

などです。

また、作家の田中英光も、「さようなら」という作品の中で、〈さようならなくてはならぬ故、お別れしますというだけの、敗北的な無常観に貫ぬかれた〉ことばだと述べています(「青空文庫」の「さようなら」より)。これは短編小説なので、学問的に批判するのはおかしいかもしれませんが、正解でないことはたしかです。「さようなら」が無常観を感じさせることばなら、「じゃあ始めよう」「それでは始めましょう」「さようなら開始いたしましょう」の「じゃあ」「それでは」「さようなら」も無常観を感じさせるはずですが、そんなことはありません。

こういったいろいろな説が出てくるのは、ことばの意味を、客観的な手がかりによって考えるということを、学校で教えていないせいでしょう。語源をあつかったテレビ番組を見ていると、たいていは、想像もしなかったような昔の話が元になっているような例ばかりが紹介されています。たしかに、古い出来事が元になってできたことばはたくさんあります。しかし、他のことばと比べたりして、論理的に語源を推測することができることばもあるのです。

「さようなら」の場合、「さようですか」「さようなことは」などのことばと比べれば、「さよう」は「そう」と同じであることがすぐ分かります。さらに、「それならまたあしたね」「それじゃあまた今度」「それでは失礼」などを思い浮かべれば、「さようなら」以外にも、それまで続いていた話を打ち切って、話を変えるためのことばが、たくさんあることが明らかでしょう。

語源を考えるとき、「何か隠された物語があるのではないか」と、空想をふくらませるのではなく、まずは、近くにある材料から考えてみるべきです。そうすれば、うまく答えが得られることもあります。
posted by Yeemar at 21:46| Comment(12) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月24日

「e」の流行

「eなんとか」ということばが、やたらに流行していた時期がありました。今は、多少落ち着いたろうと思います。ここでいう「e」とは、「electronic」の略として使われているものを指します。

最も広まったのは「○eコマース〔=商業〕」ということばではないでしょうか(注、○×印は、インターネットの「デイリー新語辞典」にあるかないかによる。以下同じ)。早い話が「電子商取引」のことです。私の手元では次の新聞記事が最も古い例です。さらに古い例は当然あるでしょう。
 電子情報ネット上の商業活動を「eコマース」と呼ぶのにならい、情報ネットを利用した暮らしは「eライフ」とも呼ばれる。(「朝日新聞」1999.12.06 p.1)
これによれば、「×eライフ〔=生活〕」ということばも一部にあったようです。

「eなんとか」ということばは、手元の例では「×eエコノミー〔=経済〕」が最も古い例です(「eメール」などはさらに古いはずですが、用例として採っていません)。
中谷〔巌〕 数年と言わないで、3年後には間違いなく日本経済は本格回復すると思います。なぜかというと、いま情報革命というすごく大きな波が日本の国の波打ち際まで来ているわけです。ただ、まだ来てないんですよ。いままですごい規制があって、私が「e−economy」と呼んでいる経済が、まだ花開いてないんですよ。(「週刊読売」1999.08.22・29 p.40)
この発言からは、中谷巌氏が言い始めたことばのようです。「eコマース」よりも広い概念でしょう。

似た意味で、「×eトレード〔=商業・取引〕」、および、「○eビジネス〔=業務〕」というのもありました。
 ジャーナリスト・東谷暁氏が〔『インターネット・バブル』の〕読後感を語る。
eコマースeビジネスeトレードが二十一世紀のキーワードだと言われますが、もう少し冷静に見る必要があります。〔下略〕」(「週刊文春」2000.01.27 p.66)
「eビジネス」については、手元に他の例もあります。

もう少しふだんの生活に近いことばとしては、「×eコンビニエンス」「○eチケット」というのがありました。
 宅配専門で店舗のないスーパーも誕生する。今月二十五日から、東京都港、大田、目黒、品川の四区で営業を開始する「eコンビニエンス」の「おかいものねっと」だ。(「朝日新聞」2000.04.15 p.25)

 出井〔伸之ソニー社長〕 ネットバンキングをやりたいとか、So−netをやっているとか。そういえば、こんどチケットセゾンのインターネット版でeチケット事業を始めますが、広報担当にも会社を設立するという発表はだめだと言いました。(「週刊朝日」2000.??.?? p.??)
あとの例は、2000年の記事ということだけ分かっていますが、不注意により、いつの号の何ページかは分からなくなってしまいました。

シンガポールでは、「×eタウン〔=街〕」ができたそうです。
 シンガポール北部のビシャン・トバイヨ区。区役所が一月末、仮想の街「eタウン」を立ち上げた。ホームページには街の案内図が現れる。スポーツ施設を予約できる「e登録」、公共料金を支払える「eサービス」、地元校の行事予定などを提供する「e学校」など、頭に「e」のつくアイコンが九つある。
 シンシア・リー区長は「夜間でもサービスを提供できる」。中でも「eビュー」は、駐車場数カ所に設置した防犯カメラの映像が見られ、「治安を向上させた」と胸を張る。(「朝日新聞」2000.03.04 p.10)
さらには、テレビ局の広告にも「×eメディア」が使われました。
21世紀のはじまりまで、あともうわずか。TBSも、テレビやラジオの枠を超え、ひとと人とのつながりを前向きに考えた新しいコミュニケーション、〈eメディア〉に生まれ変わろうとしています。(TBS全面広告「朝日新聞」2000.03.02 p.34)
こう並べてみると、どれもみな、前世紀末に使われた例です。私がたまたま注意していたのがその時期だったということもあるでしょうが、この時期に集中的に使われた言い方だったと思います。

「デイリー新語辞典」で「e-」を検索すると、このほかにも「e」のつくことばは20以上あります。列挙すると、
e-インフォメーション、e-エアポート、e-気象台、e-コミュニティー、Eシネマ、e-ジャーナル、e-Japan、e-タグ、e-Tax、e-チェックイン、e-TBTマーク、E-ディフェンス、e-デモクラシー、e-NAVI、E爆弾(E-Bomb)、eプロキュアメント、e-文書法、e-ポリティクス、Eマーケットプレース、Eメール(E-mail)、Eメールエントリー、Eメールマーケティング、eラーニング(electronicの略でないものも含まれているようです)
これらのすべてが、今も一般的に使われているとは、必ずしも言えないでしょう。日常的によく目にすることばはどれか、また、少し注意してみたいと思います。
posted by Yeemar at 20:16| Comment(3) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月23日

梅原猛氏の日本語・アイヌ語同系説

「朝日新聞」2006.02.21 p.22、梅原猛氏の「反時代的密語」を読んで、ちょっと驚きました。梅原氏は、「アイヌ語が日本語の祖語、縄文語を残す言語であることは間違いない」、つまり、日本語とアイヌ語とは同系の言語であると断言しています。

梅原氏は、たとえば、アイヌ語の「アン」(有ル)は日本語の「ある」(有る)に当たるなどいうふうに、アイヌ語・日本語の動詞を20語ほど取り出して、語形と意味を比較しています。その上で、「アイヌ語の動詞はほとんど日本語に受け継がれており、日本語の動詞はアイヌ語起源で説明できることが分かる」と述べます。

はて、アイヌ語と日本語との関係は証明されていないはずだが、と不審に思いました。今に反論なり何なり、反響があるかと待っていましたが、紙面には何の文章も載りません。しかし、このように大胆な発言があったからには、続けて「その通りだ」とか、「違います」とかいう、他の人の意見が載ってもいいはずです。

しかたがないので、自分で調べることにしました。といっても、私はアイヌ語にはまるで素人なので、概説書を見るのが精一杯です。まずは、『講座言語6 世界の言語』(大修館書店)および『岩波講座日本語12 日本語の系統と歴史』(岩波書店)で、田村すゞ子氏のアイヌ語についての解説を読みました。

田村氏はアイヌ語の権威で、私も学生時代に授業を受けたことがあります。上記『岩波講座』の「アイヌ語と日本語」で田村氏は、
アイヌ語の構造は、チェンバレンが認めているように、日本語とそうひどく違わないのである。(p.224)
と述べます。しかし、続けて、
日本語もアイヌ語も(そしてエスキモー語も)音韻体系や形態素の音韻構造の非常に簡単な言語である。したがって、〔単語などに〕偶然の一致の起こる確率が当然高い。それにまた基礎語彙といえども借用を免れ得るものではない。〔略〕これらの言語の語形と意味の少しでも似た語をたくさん集めてただちに音韻法則を立て共通基語を再構しようとすることなどは、意味のないことと言わなければならない。(p.224-225)
と、非科学的な比較に陥ることを戒めています。

こうした説明を読んでから、もう一度梅原氏の挙げた語例に立ち戻ってみると、いろいろ不審な点があります。

『萱野茂のアイヌ語辞典』(三省堂)を参照しながら、梅原氏の挙げた例を点検してみると、たしかに、両言語で語形・意味の似ているものもあります。しかし、それは共通の祖先から分かれたものか、偶然の一致か、それとも、どちらかが他方のことばを借用しているにすぎないのか(ちょうど日本語で英語の「ペン」や「ノート」という単語を借用しているように)、ということは分かりません。

また、梅原氏の挙げた例の中には、「カル」(為ス)→「かる」(刈る、駆る)、「キル」(転覆スル)→「きる」(斬る)というように、大きく意味が変わっているものが混じっています。両者に関連があるということを、個別的な推論以上の証拠によって裏付けなければ、場当たり的だとそしられることになるでしょう。

梅原氏の紹介する内容で、もう一つ注意を引かれるのは、アイヌ語の助詞です。「京都を発って東京へ行く」は、アイヌ語では「オ京都、エ東京」になるというのです。まさに日本語の助詞「を」「へ」と発音が一致しています。これは本当でしょうか。

中川裕・中本ムツ子『エクスプレスアイヌ語』(白水社)を見ると、「登別へ(行く)」は「ヌプルペッ オルン」、「札幌に(行く)」は「サッポロ オルン」と書いてあります。とすれば、日本語の「(地名)へ」に当たるアイヌ語は「オルン」です。「(地名)を(発って)」の「を」はどう言うのか、これも調べましたが、ちょっと分かりませんでした。萱野氏の辞書には「を」に当たる語として「オルン、シノ、ネ、パ、ヒ、ペカ」が挙げてありますが、「オ」はありません。梅原氏の紹介する「オ京都、エ東京」のような言い方は、いったい、どういう状況で使われる、いつの時代のアイヌ語なのでしょうか。

以上は、アイヌ語に素人の学生が、教室で「先生、質問です」と尋ねているようなものだとお考えください。先生である梅原氏は、今後の研究でそれに答えてくださるのかどうか。

『エクスプレスアイヌ語』の著者でもある中川裕氏は、すでに1993年に、梅原氏をやんわりと批判する文章を書いています。その文章は、アイヌ民族博物館ホームページの中の「アイヌ文化入門」の一部として公開されています(初出はアイヌ民族博物館編『アイヌ文化の基礎知識』草風館、1993)。
ただの語呂合わせでなくまじめに系統論をやろうとすると、たいへんな問題が山積みしているために、なかなか取り組む人がでてこないというのが現状なのです。正直な話、これからアイヌ語の系統論をやろうという人にどんどん出てきてもらいたいものです。ただし、かならず比較言語学の勉強をしてからとりかかってくださるよう、お願いします。
どうやら、梅原氏の主張は今に始まったものでなく、専門の方面では、すでに知られていたもののようです。
posted by Yeemar at 23:43| Comment(5) | TrackBack(1) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月19日

飛び道具とは卑怯千万

前回の続きです。『三省堂類語新辞典』の名文・名句収集の話です。

「名文句だけでつくる用例辞典」を編集するにあたって、私はいくつかの方針を立てました。その主なものは3点です。
(1)安直な方法で用例収集をしないこと。
(2)用例が特定の分野・作家に偏らないこと。
(3)引用が正確であること。
このうち、(1)の方針は特に重視しました。これは、たとえば、既存のテキストデータから、当てずっぽうに語句検索して用例を取るようなことはしないということです。

今は、名作と言われる文学作品は、CD-ROMや、インターネットの「青空文庫」などで読めます。それならば、そこから用例をいくらでも引っ張ってくればいいようなものです。ためしに、「トマト」ということばの用例をテキストデータから探してみましょう。すると、私の持っているデータだけで200例近い「トマト」が出て来ます。夏目漱石『行人』にも「勝手口の井戸の傍{そば}に、トマトーが植てあります」と書かれています。しかし、べつに名場面でもなく、主題にも関わらない部分であり、引用する必然性がありません。

「トマト」といえば、だれでも思い浮かぶような、広く知られた文句があれば理想的ですが、なかなか難しいものです。俵万智さんの歌には、「親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト」(『サラダ記念日』)など、いくつかトマトを詠み込んだものがあります。ただ、俵万智さんの歌は、ほかにも有名な作品がいくつもあります。なんでもかんでも彼女の作品に頼っていては、「俵万智短歌辞典」になってしまい、(2)の「偏らない」という方針に抵触します(ちなみに、引用例数の多い作家・詩人のベスト10を末尾に記します)。

いろいろ考えるうち、立松和平さんに、トマト農家を扱った『遠雷』という作品があることを思い出しました。この作品から、トマトの様子が印象的に描写された1文を採用することにしました。
立松和平|若いトマトの表面に生えた淡い繊毛が銀色の光を集めていた。(遠雷)
もっとも、(1)の方針が、たまに破られている場合もあります。「いずれちゃんとした用例を見つけよう」というつもりで、とりあえず入れておいた必然性のない例文が、ミスによってそのまま紙面に残ってしまったものです。1,400ページのうち、ざっと20例くらいは、「名場面でもなければ名文でもない、凡庸な用例」が入ってしまったと後悔しています。

(2)の方針は、言いかえれば、広くいろいろな文章に目を配り、「名文句」と言われるものはできるだけ採用する、ということです。そのためには、各種の名言集・名句集のたぐいを多く参考にしました。ただし、これらの書物の引用文は必ずしも信頼できるものではありませんでした。もとをたどってみると、表現が違ったり、そもそも原典に見当たらなかったりすることもしばしばありました。(3)の「正確な引用」という方針を立てて、原文や、信頼できる全集などに当たることが不可欠でした(これは当然の作業です)。

名言集・名句集などで覆うことのできるのは一部分です。あとは、やはり、自分の足、手、目で用例を収集するしかありません。近現代の小説、詩、短歌、俳句、また、一方で古典文学の文章、歌舞伎・浄瑠璃のせりふなどから、「これは」というものを収集しました。

この作業をするうちに、私の部屋には、文庫本、全集本などが山積みになりました。しまいのほうになると、私1人では作業が立ち行かなくなり、少なからぬ部分を妻に手伝ってもらったことを告白します。

「あの文句を入れたいが、原典が分からない」ということもしばしばありました。「卑怯」の用例として「飛び道具とは卑怯千万」という文句をぜひ入れたかったのですが、これが何の文句だか分かりませんでした。図書館で関連しそうな本を探し回って、結局、昔の小学国語読本に入っていたことを突き止めました(年配の方なら先刻ご承知のことかもしれません)。そして、
尼子方の秋上伊織介がそれを見て、「一騎討{いっきうち}に、飛道具とは卑怯千万。」(小学国語読本・三日月の影)
という形で引用しました。ほかにも、「この名文句は、この作品に入っています」と、あまり知られていない情報を提供できた例が、いくつかあるはずです。

ネットで『三省堂類語新辞典』の批評を読んでいると、「欄外の名文・名句は、どのページにどれが載っているのかが分からず、使えない」という発言がありました。もっともな指摘です。「名文句だけでつくる用例辞典」であれば、当然索引をつけるべきところでした。

〔参考〕「欄外」で引用例数の多い作家・詩人のベスト10
夏目漱石 16(例)
北原白秋 14
正岡子規 14
石川啄木 13
松尾芭蕉 13
芥川龍之介 13
萩原朔太郎 12
中原中也 12
三好達治 12
高村光太郎 12
posted by Yeemar at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月18日

『三省堂類語新辞典』の名文・名句

2005年秋に刊行された『三省堂類語新辞典』の執筆・編集に、私も参加しました。語の説明(語釈)を執筆する作業も担当しましたが、私がほぼ全責任を負っているのは、本文ではなく欄外の部分です。

この辞書は、欄外に「そのページの項目に立っている語を含む、名文・名句」を掲げてあります。たとえば、「天文・気象」の部で、「雨」の載っているページには、
宮沢賢治|ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ(雨ニモマケズ)
と、有名な詩の一節を引用しています。各ページに、このような名文・名句が入っています。

欄外はあくまで付録であり、まあ、あってもなくてもよいようなものです。そしてまた、かりに利用者の目に触れたとしても、「こういうのは、何か元になる資料があって、そこからまとめて取ってきたのだろう」という程度に受け止められるかもしれません。

しかし、この「名文・名句」を集める作業は、なかなか、簡単なものではありませんでした。母体となる資料はなく、文学作品などを一からあさり、選び出したのです。編集部からは、「欄外が空白のページがあってもいいですよ」とのことばをいただいていました。でも、それではおもしろくありません。ひとつ、1,400ページある辞書のすべてのページに、こういった名文・名句を入れてやろうと考えました。

かなり厳しい作業条件です。単なる名文句ではなく、そのページの項目のことばを必ず入れなければいけないのですから。「花」とか、「空」とかいうことばが入った名文句ならたくさんありますが、辞書全体から見れば、そういった、いかにも詩歌に詠まれそうな単語は少ないのです。

ページによっては、「主語」とか「命令形」とかいう専門語ばかりが並んでいることもあります。たちまち、地獄の苦しみに陥りました。ちなみに、この2つのことばの用例は、阪田寛夫の詩と俵万智の短歌から探し出しました。
阪田寛夫|「ぼく」は主語です 「つよい」は述語です ぼくは つよい ぼくは すばらしい(練習問題)

俵万智|「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君
なぜ、ここまでこだわったか。それは、辞書の用例の出典を、名文句だけに限定するという試みは、これまでなかったからです。

ふつう、辞書の例文は、執筆者がこしらえます。「雨」ならば「―が降る」などと書いてあるのがそれです。中型辞典以上になると、「しとしとと春の―が降り出した」(草枕)などと文学作品の用例を示す場合もあります(この例は『新潮現代国語辞典』より)。しかし、「雨」と聞いて、多くの人が連想するのは、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」ではないでしょうか。このような、「だれもが思いつく文句」を、意識して用例に選んだ辞書はありませんでした。

私は、「用例を名文句だけでかためる」という作業に、大いに意味を感じました。ことばは、それをとりまく前後の文脈が味わい深いものであってこそ、まぶしく輝き、人の心に残るものです。「山」とか「花」とかいうことばが古代から連綿と使われているのは、山や花を読み込んだ多くの韻文・散文に支えられている部分が小さくありません。

それならば、「山」「花」「雨」だけでなく、「主語」「命令形」「リアリスト」「社説」などという散文的なことばにも、それを使った名文句を見つけてやろう。いや、名文句でなくても、迷句や珍句でもいいから、人の心に残るような文句を探してやろう。そういう気持ちが強くなりました。

「名文句だけでつくる用例辞典」と、私ひとりで勝手に名づけたこの試みは、類語辞典そのものの編集の進行とは別個に、少しずつ進んで行きました。

続きは、また次回に。
posted by Yeemar at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月06日

『三省堂国語辞典』と『新明解国語辞典』

「朝日新聞」2006.03.05 p.19の読書のページで、評論家の宮崎哲弥氏が、ある新書の書評をしていました。文章中には、ルビのついた難しい字がいろいろ使われています。「罷り通って」「槍玉」「人口に膾炙」「趨勢」など。最後のほうには「剔抉」ということばが出て来ます。
内藤朝雄は「メディア世間」の排除の構造を剔抉{てっけつ}している。
妻が、この文章を読んで、「てっけつとは何か?」と私に尋ねました。「えぐり出すということですよ」と、自慢げに答えつつ、この「剔抉」を、『三省堂国語辞典』は載せているだろうかと、ふと疑問に思いました。

『三省堂国語辞典』と『新明解国語辞典』は、私がよく引く辞書です。いずれも『明解国語辞典』から枝分かれした辞書で、兄弟のようなものです。

『三省堂』で「剔抉」を引いても、載っていません。次に『新明解』を引くと、
欠点・悪事などをあばき出すこと。「爬羅ハラ―」
と出ています。

こういう出来事があると、『三省堂』にはあまりことばが載っていないのではないか、『新明解』はたくさん載っていて得なのではないか、と考えたくなります。でも、結論を急いではなりません。この2種の辞書から一方を選ぶとすれば、どちらが得なのか、少し掘り下げてみましょう(2014.01.14追記。「剔抉」は2008年の『三省堂』第6版で載りました。項目数は第6版で新規に約4000、次の第7版でさらに約4000追加され、以下のうち「鉄工」「鉄格子」なども載りました。でもこの文章の趣旨は変わりません)。

収録語数は、『新明解』のほうが多そうな雰囲気があります。しかし、実際には、『新明解』が76,500語以上(第6版あとがき p.1646)、『三省堂』が76,000語(第5版序文)とのことで、語数にはほとんど違いがありません。むしろ、違いは、収録されている語の中身にあるようです。

収録語の違いについては、すでに調べた人がいるでしょうが、私もこの目で調べてみます。『三省堂』で、「てっけつ」が含まれるはずの846・847ページには、107語が収録されています。これに当たる範囲で、『新明解』に収録されている語数は、114語です。この場合、『新明解』が若干多くなっています。この内訳を分析してみます。

ほとんどの語は両方の辞書に収録されています。両方に入っているのは96語であり、『三省堂』の90%、『新明解』の84%ほどです。

『三省堂』だけに収録されている語は11語あります。内訳は、「敵艦」「出銭」「出たがり」「テタニー」「出玉」「鉄亜鈴」「鉄鉱石」「鉄柵」「鉄製」「鉄は熱いうちに打て」「鉄環」。また、『新明解』だけに収録されている語は18語あります。内訳は、「鉄案」「手序で」「鉄御納戸」「摘果」「適帰」「鉄器時代」「剔抉」「鉄工」「鉄鉱」「鉄格子」「鉄索」「鉄山」「徹宵」「鉄条」「鉄心」「鉄銭」「鉄線花」「鉄窓」。

『新明解』は、「剔抉」以外にも難しいことばが並び、「初めて見た」と(私が)思うようなことばも少なくありません。辞書を、「知らないことばをたくさん覚えるための本」と見なすならば、『新明解』のほうが適当でしょう。漢字検定に出てくる語彙もたくさん入っているかもしれません。

しかし、一方では、「一生に一度使うかどうか分からない語彙を覚えるよりも、日常のことばをはっきり知りたい」という人もいるはずです。そういう人にとっては、「(パチンコの)出玉」とか「(テレビに)出たがり(の視聴者)」などの日常語がしっかり捕まえられている『三省堂』のほうがありがたいでしょう。

私としては、『新明解国語辞典』には、純文学や、歴史小説などに載ることばをたくさん入れてほしいと思います。それに対し、『三省堂国語辞典』は、新聞やテレビ、雑誌、現代の人気小説、それに、人々の口の端に上る何気ないことばを確実に入れてほしいと思います。

「剔抉」は、新聞データベースで見ると、1紙につき、1年に多くても3、4例というところです。残念ながら、目下の『三省堂国語辞典』の守備範囲からは外れているかもしれません。将来はどうか分かりませんが。
posted by Yeemar at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月01日

「狭窄」は形容動詞か?

非常に細かいことですが、「視野狭窄(きょうさく)」というときの「狭窄」は、動詞性のことばでしょうか、それとも形容詞性のことばでしょうか。

動詞性のことばであれば、「狭窄する」と「する」をつけてサ変動詞として使えます。また、形容詞性のことばであれば、「狭窄だ・狭窄な」と、「だ」「な」をつけて形容動詞として使えます。

私の感覚では、「狭窄」は動詞性のことばです。ちょっと考えても、「視野狭窄」は、「視野狭窄を起こす」とか「視野の狭窄が始まる」とか、「起こす」「始まる」などの動詞を伴って使われるではありませんか。それは、「狭窄」が動詞性のことばである証明のように思われます。

ところが、辞書を見ると、そうは書いてありません。最新版の辞書によれば、「狭窄」を動詞性の語だと認めるものが見あたりません。まとめると、次のようになります。
(1)形容動詞と認めるもの=『日本国語大辞典』(追記参照)『大辞林』『大辞泉』『学研国語大辞典』『集英社国語辞典』『新潮国語辞典』『明鏡国語辞典』『デイリーコンサイス国語辞典』
(2)名詞と認めるもの、または、品詞表示なし(これは名詞ということ)=『小学館日本語新辞典』『新明解国語辞典』『岩波国語辞典』『新選国語辞典』
(3)辞書の方針でもともと「名詞」「サ変」「形動」などの表示なし=『広辞苑』
いずれも、「狭窄」を「狭窄な」という形容動詞か、または、名詞だと見ています。

実際にはどうでしょうか。現代の文章を見てみると、次のように、「狭窄する」という例が見つかります。
上述したような、精神的視野が狭窄し、目前の問題だけを効率的に処理するという傾向〔小田晋〕(『日本の論点'95』文藝春秋 p.696)

「最近は、少ししか読めなくなってな」。〔父は〕片まひになり、視野が狭窄(きょうさく)してきたのだろう。〔声〕(「朝日新聞」1997.10.15 p.5)
「狭窄な」「狭窄だ」という例は見つかりません。これは、私の言語感覚と一致しています。

これでは例が少ないので、「Google」の検索を行ってみます。その結果では、「"狭窄する"」454件、「"狭窄して"」828件、「"狭窄し"」441件、「"狭窄な"」463件、「"狭窄だ"」195件となりました(2006.03.02、いずれも重複を除く)。これには、「視野狭窄だから」などの「ごみ」も含まれていますから、あくまでも目安です。また、「狭窄すれば」とか「あいだが狭窄になる」などのあらゆる語形を調べてはいません。しかし、「狭窄する」の系列の例が多いことは確かめられました。

そうなると、なぜ辞書の記述が軒並み「狭窄する」を無視して、「狭窄な」のほうだけを注目しているのかが知りたくなります。ぱっと思い浮かぶ予想は、「古い時代には形容動詞の『狭窄な』しか使われなかったのではないか」ということです。

これは実際に確かめられます。国立国語研究所の「太陽」コーパスによれば、雑誌「太陽」の1895〜1925年から抽出された号の中に「狭窄」が7例見つかります。そのうち、「何ぞ其襟度の狭窄なるや」「その江水曲折して狭窄なるのみならず」「其の範囲極めて狭窄なる時には」などと、「狭窄」が形容動詞「狭窄なり」として使われている例が3例、あとは名詞や複合語として使われているものです。「狭窄する」の例はありません。

「狭窄する」のわりあい早い例は、『日本国語大辞典』に載っている川上徹太郎「フランクとマラルメ」(『私の詩と真実』1953)の例でしょう。「十九世紀から二十世紀への推移は〈略〉一旦狭窄(ケフサク)された谿谷の奇警な河瀬を産み出したのであらう」とあります。しかし、なぜかこの辞書自体は、「狭窄する」を認めていないのです(追記参照)。

追記
後で気がつきましたが、『日本国語大辞典』は、サ変動詞の場合は品詞表示をしません。したがって、この辞書が「狭窄する」を認めているかどうかは、品詞表示を見ただけでは分かりません。用例に出ている以上、認めていると考えるべきです。(2006.03.07)
posted by Yeemar at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月21日

めっきり暑くなる

「めっきり」という副詞は、主な辞書では「目立って変化するさま。」(『岩波国語辞典』第6版)などと説明されます。意味はそれでよいとしても、意味の周辺にある語感として、「勢いがなくなる方向への変化」という要素があるように、私には思われます。

辞書の用例を見ると、「めっきり寒くなる」「めっきり涼しくなる」「めっきり(気力が)衰える」「めっきり老ける・老け込む」の例を出すものが多くあります。ほかに、「やせる」「弱る」「見かけなくなる」などの語を使う用例もあります。一方で、「めっきり暑くなる」「めっきり太る」「めっきり多くなる」などという例は、辞書にはありません。

このあたりを、擬音語・擬態語の辞書ではどう説明しているでしょうか。『擬音語・擬態語辞典』(角川書店)では、
めきめき〔略〕は、進歩発展の状態の著しいようす。「めっきり」は成立した状態を捉えていう表現で、必ずしもよくなる場合だけではない。(p.329)
と、悪くなる場合にも使うことを消極的に認めています。また、『暮らしのことば 擬音・擬態語辞典』(講談社)は、もう少しはっきりと、
〔上略〕現代では「寒くなる」「老ける」「減る」など、どちらかと言えば悪い状態になる場合に用いることが多くなってきている。(p.555)
として、よくなることを示す「めきめき」と対比して記しています(小柳智一氏執筆)。

「悪い状態になる」といっても、「性格がめっきり悪くなる」「関係がめっきり悪くなる」とは言いにくいように思います。単に悪くなるのではなく、勢いが衰えるとき、数が少なくなるときなどに使う、と説明すべきではないでしょうか。

ところが、調べてみると、まれに、私の語感とは異なる例が出て来ます。

たとえば、山本有三「或る女」には、
 七月に入ってから気候は滅切{めつき}り暑くなつた。椎の樹の古葉もすつかり{4字傍点}散り尽して、松も新しい緑に代つて、草も木も青い焔のやうになつた。(「或る女」〔1919年〕『現代日本文学全集21 有島武郎集』筑摩書房1954 p.186)
とあります。「めっきり」といえば「寒くなる」「涼しくなる」しか出てこない辞書の用例とは正反対です。また、森茉莉の小説にも、
 モイラが、まだ固いが、めっきり肉が附いて来た腕で、このハンドバッグをマッフの中へ一心に押しこんでいるのを脇から見ていると、下目遣いの目はとろんと溶けたようになっていて、脣は睡った赤子のように弛んでいる。(「甘い蜜の部屋」〔1975年〕『新潮現代文学62』新潮社1981 p.157)
とあります。「めっきり肉が落ちた」ではなく「肉がついてきた」のです。

1978年のテレビのニュースでも、
こちらは、ガード下の屋台。このところ、〔円高で〕外人客の姿がめっきり増えました。(ビデオ「NHK THE NEWS」〔1978年〕NHKエンタープライズ)
と言っています。「めっきり」といえば「減った」かと思ったら、こういう例もあるのです。

もともと、「めっきり」は、勢いが強まるか弱まるかや、数の増減にはこだわらずに使っていたようです。たとえば、「めっきりと油の相場あがりけり」(俳諧「住吉物語」〔1695年か〕の例。『日本国語大辞典』より)というように。それならば、別に上に挙げたような「めっきり暑くなる」「めっきり肉がつく」「客がめっきり増える」などの例もおかしくないわけです。

とはいえ、現代ではまれな用法になっていることも確かです。上掲の『暮らしのことば 擬音・擬態語辞典』にも、「現代では」と但し書きがあります。「昔はそうではなかった」という含みを持たせているのでしょう。この場合の「昔」は、二、三十年前か、戦前なのか、江戸時代なのか、分かりませんが。

ともあれ、現代では、「最近、あなたのお店には客が入っていますか?」と質問した場合、相手が「めっきりですよ」と言った場合、「めっきり減った」と解釈されるはずです。「めっきり増えた」と受け取る人は少数派でしょう。「めっきり」の語に、「勢いが衰える、数が少なくなる」という語感がついている証拠です。

追記
道浦俊彦さんの「平成ことば事情」に、「ことばの話928「めっきり」」があります。〈どちらかというと「マイナス評価の方向に、その変化が起きた場合に」使うのではないでしょうか〉〈マイナス評価ばかりではないなぁ。でも使われるケースは、最近マイナス方向の方がめっきり増えたと思う〉と述べておられます。(2006.02.24)
posted by Yeemar at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月20日

「川の魚」と「川魚」

青い空と青空」の続きです。

NHK「お元気ですか日本列島」の中の「気になることば」で、拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』から「古い新聞」と「古新聞」の違いについて取り上げていただきました。

「古い新聞」と2語で言うときは、一般的な形容です。家の新聞も図書館に保存してある新聞もみな「古い新聞」に該当します。ところが、「古新聞」と1語にしてしまうと、意味が限定されます。図書館に保存してある新聞は「古新聞」ではありません。

このことを、梅津正樹アナウンサーが絵を使ったりして、分かりやすく説明していました。教室で教えるときにも、ああいうふうに絵を使えば学生にもよく分かるだろうと思いました。全体として楽しく見ることができました。

ただ、見ていて、注文したいこともありました。番組では、ほかに「安物」と「安い物」、「北の風」と「北風」、「昔の話」と「昔話」などを対照して意味を比べていましたが、その次に「黒い幕」と「黒幕」というのが出て来ました。
梅津 (両方の語は)布のことと人のこと、もうまったく違う。もちろん、(人物の意の)「黒幕」というのは黒い幕からね、語源はそっから来てることは来ているんですが、今やまったく別の物を指し示すようになった。
このあたりは、よくいえば、話が発展していますが、話がそれているようでもあります。別の例にしたほうが、よりよかったと思います。

私としては、複数のことばが熟語としてくっつくとき、「一見、意味に変化がないようでも、よくよく考えてみれば、繊細な違いが生まれている」という点に、面白さを感じます。ところが、「黒い幕」と「黒幕」は、番組中でも明言されているように「まったく違う」ものです。はっきりしすぎて、考える余地がなくはありませんか。まあ、子どもに示す例としては、かえってこのような分かりやすい例のほうがいいのかもしれませんが。

「古い新聞」が「古新聞」、「北の風」(北から吹く風)が「北風」(特に冬に吹く風)に変わるとき、気づかれにくいが、厳然とした意味の差が生まれています。このことについては、古くは、松下大三郎の著書にも言及があって、「春風」を「春」と「風」に分けると2語になるように見えるが、実はそうでない(『改撰標準日本文法』p.20)と記されています。影山太郎氏の『文法と語形成』(ひつじ書房)p.8の「語彙化と意味の慣習化」にも、「春風」その他の例が挙げられています。

私の文章は、単にこの事実を確認する例をいくつかつけ加えたにすぎません。ただ、「言われなければ違いに気づかない」ような例を探してきて、ああでもない、こうでもない、と考察を加えたところが、労力を使っているといえばいえます。番組でも、ぜひ「言われなければ違いに気づかない」例をもっと集めてほしかったと思います。

そういう例を1つ足しましょう。「川の魚(さかな)」と「川魚(かわざかな)」とは、意味に違いがあるのでしょうか。晩ご飯のときにそれを話題にしたところ、妻は、「『川魚』は食べられるが、『川の魚』は必ずしもそうではない」という意見を言いました。なるほど、と思いましたが、用例を調べてみると、その説に合わない例も出てきます。「メダカ」などの観賞魚も「川魚」というのです。

ただ、こういうことがあります。「Google」で検索された「"川の魚"」を含むホームページのうち、上位50位には魚屋・魚料理の店のホームページは1つもないのですが(2006.02.20現在。ただし漁連・漁協関連のページ3つを含む)、「"川魚"」を含むホームページのうち、上位50位には魚屋・魚料理の店のページが20以上あります。こうした店では「川魚」をよく使うという傾向性はありそうです。そのかぎりでは、「『川魚』は食べられる」という、妻の直感的内省は、あながち的外れでもないのです。

「複数のことばが熟合して1つになるとき、意味の変化が起こる」という説明はひとことですみます。でも、「川の魚」と「川魚」など、具体的な事例でどのようにその変化が起こっているかを考えるのは、簡単ではないし、それだけにまた、面白いのです。
posted by Yeemar at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月18日

「心地いい」ということば

「心地よい」ということばはだれでも知っています。では、「心地いい」ということばはあるでしょうか。テレビを見ていると、これもまた日常的に耳にすることばです。NHKアナウンサーの発言から拾ってみましょう。
なんとも見ていてここちいいなあと思いました。〔古谷敏郎アナウンサー〕(NHK「スタジオパークからこんにちは」2001.11.02 13:05)

あ、でもみんなで合わす、そのディスコってすごく広いスペースだから、よけいにばっと合うとここちいいんでしょうね。〔黒崎めぐみアナウンサー〕(NHK「生活ほっとモーニング」2004.11.15)

浴衣が似合う季節になりました。夏は和風がここちいい。今回は浴衣に合う髪飾りをご紹介します。〔藤井彩子アナウンサー〕(NHK教育「おしゃれ工房」2005.07.06 21:30)
最後の例は、藤井アナウンサーが原稿を読んでいたと思います。このように、NHKでは「ここちいい」ということばは珍しくありません。

文学でも、宮本輝氏の小説にこうあります。
疲れたら休む。そして自分にとって心地いいものと接する。楽天的であろうと努めること。(『月光の東』〔1998.02 中央公論社刊〕新潮文庫 2003.03発行 p.398)
このほか、ちょっと古くは石原慎太郎「化石の森」(1970年)にも「心地いい」は出て来ます(新潮現代文学53 p.36)。

一方、辞書では様子が違います。日本語辞書のうち、最近出た版10種を見てみると、「心地よい」は項目にありますが(『三省堂国語辞典』第5版は項目にはなく用例にあり)、「心地いい」はどれにもありません。

「心地」も「よい」も「いい」も、いずれもごくふつうの日本語です。また、「心地のよい」も「心地のいい」もふつうの日本語です。それが「心地よい」「心地いい」と複合すると、前者は辞書の項目になる正しい日本語で、後者は辞書で無視されている語形だというのは、不思議な話です。

これは、「いい」という語が、現在のところ、まだ複合語としては使われにくいためでしょう。「心地いい」と言う人でも、「色よい」を「色いい」、「ほどよい」を「ほどいい」、そして、「こころよい(快い)」を「こころいい」とは言わないはずです。

『逆引き広辞苑』を見ると「○○いい」のように複合語の下部に「いい」のつくことばは1つも載っていません。私が考えてみても、思いつくのは、まず「かっこいい」「調子いい」(これは2語か)のような俗語です〔「気持ちいい」もあります。追記参照〕。

それから、人によっては「書きやすい」を「書きいい」のように言うことがあります。このことは「書きいいペン」で述べました。仮名垣魯文・室生犀星・幸田文なども「しゃべりいい」「やりいい」「踊りいい」などのように使っています。この言い方も、私には俗語的な感じがするのですが、どうでしょうか。

「心地いい」が辞書に載っていない理由は、編者が見落としているか、俗語として嫌ったかのどちらかだと思います。しかし、一方では、それを俗語と感じない人も少なくないとみられます。「書きいい」のような語法はずいぶん古くからあるようですが、「心地いい」はこれから広がっていくことばではないでしょうか。

追記
「気持ちいい」に言及するのを忘れていました。松井栄一氏によれば、「気持ち」は、大正期ごろまでは俗語的な感じが残っていたそうです。思うに、「いい」と結びつきやすかった理由もそこにあるのでしょう。「気持ちいい」の例は、大正時代の徳田秋声「あらくれ」(1915年)、梶井基次郎「檸檬」(1925年)にもあります。

「気持ちいい」について、『小学館日本語新辞典』の「気持ち」の項目に説明があります。〈「いい(よい)」「悪い」が付くときは、助詞を伴わないこともある。「気持ちいいスピード」「気持ち悪そうな顔つき」など。〉ということです。他の辞書では「気持ちいい」についてまったく触れられていませんが、当然載っていていい語でしょう。

現代では、「気持ちいい」は、「心地いい」に比べて違和感が持たれにくいはずです。「心地いい」も、「気持ちいい」に少し遅れて違和感が消えてきているのでしょう。

なお、松井栄一氏の論は「「心持」と「気持」」(『国語辞典はこうして作る』港の人 所収)で詳しく展開されています。(2006.02.19)
posted by Yeemar at 22:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月13日

ホームページかWebページか

私が大学で担当する授業のうち、いくつかは、コンピュータ教室の並ぶ建物で行われています。この建物で行われる授業は、すべてコンピュータとかインターネットとかを用いるという点で共通しています。

私はそこで、コミュニケーションを主題にした授業を行っていますが、その中では、ホームページを大いに活用します。学生も自分でホームページを作ります。

さて、この「ホームページ」という呼称を、この部署では「Webページ」と呼び、「統一的に学生に教育」している(どうやら最近そうなった)ということです。そこで、次年度のシラバス(講義要項)の中に「ホームページ」とあるものは、機械的に「Webページ」と変換したいがよいかという確認の連絡をもらいました(2006.02初旬)。

統一的に教育している、という話と、今年度まで各授業で呼称に不統一があったという事実は両立しないような気がしますが、まあいいでしょう。今まで「ホームページ」と呼んでいた私も、全体の和を乱すつもりはないので、シラバスの書き換えを承諾しました。

「ホームページ」とは、『広辞苑』第5版(1998年)によれば
インターネットにおけるワールド-ワイド-ウェッブ(WWW)上のサイトの最初のページ。サイトにあるデータを総称して呼ぶ場合もある。
ということです。前半が原義であり、部署としては、「ホームページ」の呼び方はこの原義に限るべきだということなのでしょう。

しかし、「Webページ」の語を使うのは、私の信念には反しています。私は、インターネット上で見られているハイパーテキストのことは「ホームページ」と言って差し支えないと思いますし、とりわけ、あまりコンピュータに詳しくない学生のためには、そう説明するほうがよりよいと考えます。私は「ポインタ」と言わず「矢印」と言い、「エクスプローラ」は「ファイルを一覧表にするソフトであるエクスプローラ」と必ず枕詞をつけて説明する者ですが、同様の思想のもとに、「ホームページ」という一般的な呼称を採用しています。

辞書ではどうでしょうか。「ホームページ」を項目に立てている辞書はたくさんありますが、「ウェ(ッ)ブページ」を載せている辞書はありません。『広辞苑』第5版、『日本国語大辞典』第2版、『集英社国語辞典』第2版(2000年)、『三省堂国語辞典』第5版(2001年)、『新選国語辞典』第8版(2002年)、『明鏡国語辞典』(2002年)、『デイリーコンサイス国語辞典』第4版(2004年)、『小学館日本語新辞典』(2005年)、『新明解国語辞典』第6版(2005年)などはいずれもそうです(ただし、『小学館日本語新辞典』には「ホームページ」の語釈に「ウェブページ。」と言い換えが添えられています)。これで「勝負あった」という感じを受けます。

テレビでは「番組ホームページ」とは言っても「番組Webページ」とは言わないでしょう。今、「Google」で検索すると、「"番組ホームページ"」は846件(重複除く、以下同じ)、「"番組Webページ"」は51件、「"番組ウェブページ"」は27件となっています(2006.02.13)。ここでも、勝負はついています。

もっとも、「Webページ」は学術用語であって、一般での慣用がどうであろうと、学問的には厳密を期すべきだという意見もあるでしょう。また、現在高校で行われている「情報」の授業では「Webページ」の呼称を用いているようでもあります(手元の教科書『高等学校 情報A』〈開隆堂〉には「プレゼンテーションとWebページをつくろう」という章があります)。もしかすると、部署としては文部科学省の言い方との整合性を最も重視しているのかもしれません。

しかし、学術用語の「Webページ」が、一般語のいわゆる「ホームページ」と同義であれば、これはどちらの語を使おうが厳密度に差はないというべきです。

ここで思うのは、日本語学の用語が、ちっとも統一されていなくて、それでも研究者同士、無事に話が通じているという事実です。「飛行機が飛ぶ」の「飛ぶ」は「五段活用」なのか「四段活用」なのか。「象は鼻が長い」の「象は」は「主題」か「題目」か「主語」か。「僕は1年生です」のような言い方は「ていねい体」か「ですます体」か「敬体」(これは文部科学省用語と思しい)か。もちろん、どの用語を使うかで激しい論争になることもあるけれど、おおむね、他の研究者の用語には寛容です。ある論文の内部で用語にゆれがあっては大変ですが、そうでなければ、複数の用語の存在が許されていると思います。

もし、日本語学者が複数の用語の存在に寛容であるという見方が正しいとすれば、それは、研究対象がことばであることと関係があるのではないでしょうか。

ひとつの言語は、つねに方言を生んでいます。グループ間、個人間で、ことばは少しずつ異なっています。それを考えれば、研究者Aと研究者Bの用語が違うのは当たり前だ、となりそうです。

もうひとつ、ことばは実物とイコールではないということも見逃せません。臓器移植問題に関連して「生」「死」の定義があれほど論議されても、結局万人の納得のゆく生死の定義は得られませんでした。これは、「生」とか「死」とかいうことばが単なる音声に過ぎず、現実の人の生き死にとはまるで関係がないところに一因があります。

ことばを使ってものを指す行為には限界があって、その足らぬ部分は、「想像」とか「類推」とか「推論」とかいう行為によって補われます。どうせ想像したり類推したりしなければならないのなら、ことばで何もかも定義することにはこだわらなくていい(そもそも不可能)じゃないか、という諦観が、言語の研究者にはある、と言っては極端でしょうか。

ここまで考えていながら、「ホームページ」を「Webページ」に変換することに同意した私は、自分の信念に忠実ではない卑怯者のようでもあります。でも、一概に卑怯ともいえないでしょう。前述のように「どちらの語を使おうが厳密度に差はない」と考える以上、「まあ『Webページ』に変えてもらってもかまいませんよ」と言うのは、私としても筋が通っているのです。

ただし、どちらが厳密度が高いかという問題とは別に、人が自分の使うことばを選ぶ権利は基本的人権に属すると考えます。東京弁を話すか大阪弁を話すか、東北弁にするかウチナーグチにするかは、当人の勝手です。私は、シラバスの用語は組織全体の方針に従うとしても、教室で話すことばは、私自身が決めてよいと考えます。むろん、このような経緯があるからには、学生諸君に対しても「ホームページ」と「Webページ」の両方の用語を提示して、「どちらがよりよいと思うかね?」と問いかけることも必要でしょう。
posted by Yeemar at 23:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月12日

うまいものを「まずい」

BS朝日「プレシャス&コンシャス」2006.02.11 12:00(2006.02.10 23:00の再放送)という番組を見ていました。街角の店々や、流行のものごとなどを紹介する番組のようです。

出演者の女性3人が座談をしているところで、案内役の松本孝美さんが、きょうのおやつとして「小桜かりんとう」を取り出しました。あとの2人、モデルの中嶋マコトさんと雑誌編集長の伊藤操さんもいっしょにそれを食べます。

そこでの会話が注意を引きます。
中嶋 (かりんとうを一口食べて)これはまずいですね……
松本 まずいでしょう
中嶋 いっぱい食べちゃうかもしれない。
松本 そうなんですよー。
伊藤 まずいって、おいしいからまずいんでしょう。食べ過ぎてまずい(笑)。
中嶋さんの「まずい」という発言を聞けば、だれだって驚きます。いくらおいしくなくても、テレビでそのように率直に言っていいはずはありません。昔、野菜の汁を飲んで、わざと「まずい」と言って印象づけるコマーシャルがありましたが、そういうねらいでもなさそうです。

ところが、それを聞いた松本さんは、中嶋さんの発言を不審がることもなく、「まずいでしょう」とすぐに反応しています。中嶋さんの言う「まずい」の意味を即座に理解したようです。どうも、2人の間では誤解の余地がないことばだったようです。

もう1人の伊藤さんは、2人よりも上の世代のように見えます。この人は、即座に反応せずに、「食べ過ぎてまずい」ということを確認して、笑っています。

中嶋さんの言う「まずい」は、若者の使う「やばい」と同じ理屈で使っていることばですね。いいものを見ているにもかかわらず「やばい」と言うことがありますが、それは対象がやばい(危ない)のではなく、自分の心が抑えられなくなりそうでやばい、ということのようです。ここでいう「まずい」も、同様に、対象の性質がまずいのではなく、自分の行動が抑えられなくなりそうでまずいのです。

松本さん・中嶋さんは、30代後半より上の世代です。彼女たちが、ふだん若者と同じ意味で「やばい」と言うかどうかは知りませんが、もしかすると、「やばい」をやや無難に言いかえて「まずい」と言ったのかもしれないと想像します。

伊藤さんには、甘くておいしいかりんとうを食べて「まずい」と言う発想はないように見受けられます。2人の発言を、論理的には理解できても、感覚的には理解できなかったようです。これは世代差によるものかどうか、この場面だけでは分かりません。

30〜40代か、それより下の世代の人で、うまいものを食べたり、いいものを見たりしたときに「まずい」と言うことはよくあるのかどうか。たまたま一回的に使うのでなく、流行語のようになっているのかどうか、興味がわきます。
posted by Yeemar at 14:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月11日

近現代の「なやましい」

「なやましい」の新?用法」に続くものです。

「なやましい」は、「悩ましい寝乱れ姿」のような「官能を刺激する」という意味が本来であったわけではなく、古代には「思いわずらう気持ちである」または「気分が悪い」という意味で使われていました。現在も後者の意味で「悩ましい問題だ」というように使われています。さて、この用法は「古語の復活用法」なのか、「べつに『復活』ではなく、歴史的に途切れず続いてきた用法」なのか、これが問題です。

雑誌「言語生活」1956.02 p.68(「目」欄)に「なやましい問題」の用法を批判的に紹介する記事があります。最近では、作家の小林信彦氏が「週刊文春」誌上の連載で、「頭を悩ませる」の意味で使うことを批判的に取り上げています(複数回指摘しているはず。今、探し出せません)。

古語の復活用法とする説は、見坊豪紀『ことばの海をゆく』(朝日選書 1976)です。p.150に「古語の復活的用法として有名なものに「悩ましい」があります」とあります(「有名」というほど指摘されているとは思われませんが)。

「復活用法」と「持続している用法」との両論を併記するものは、「朝日新聞」日曜版 1997.01.26 p.3「日本語よ・41」(倉持保男)。また、「朝日新聞」2004.08.22 p.14「ことばの交差点・悩ましい」も両論併記です。

「なやましい」を「思いわずらう」「頭を悩ませる」の意味で使うのが「古語の復活用法」であるなら、近代の一時期にこの用法が途切れた時期があるはずです。しかし、この用法にはいろんな書物の中で遭遇し、「どうも途切れていないのではないか」というのが私の考えです。

まず、1960年代・1950年代の例を1つずつ挙げます。
「楽園追放か……」今度は長官が悩ましげにいった。「では、天≠ヘなんのために、われわれをそんなひどい目にあわせたんだろう? なんのために、この世におけるわれわれの生を十二年ときめられ、それ以上の成長をこばまれたのだろう?」(小松左京「お召し」〔1964.01発表〕『召集令状』角川文庫 1995.05.25初版 p.225)

「理論的です。」と主幹が悩ましげに、「居ないものを攻撃するなんて出来やせんじゃないか。」と隊長が勝誇ったように、「現代の経済が超空間的であることの具体化ですな。」と役人がいかにも当り前のように言った。(安部公房「鉄砲屋」〔1952.10発表〕『水中都市・デンドロカカリヤ』新潮文庫 p.238)
また、1940年代の例は、CD-ROM「新潮文庫の100冊」の小林秀雄「モオツァルト・無常という事」の中に見出だせます。
又、それは青年将軍の責任と自負とに揺れ動く悩ましい心を象ってもいるのであって、真実だが、決して素朴な調ではないのである。(小林秀雄「実朝」〔1943年発表〕)
1930年代の例はまだ知りません。ちょっと飛ぶのですが、1920年代の例は島崎藤村の作品から見つけました。
父さんはそれだけのことを言ひにくさうに言つて、また自分の部屋の方へ戻つて行つた。こんな悩ましい、言ふに言はれぬ一日を袖子は床の上に送つた。(島崎藤村「伸び支度」〔1925.01発表〕「新潮名作選 百年の文学」p.30)
この時期以前のものは、国立国語研究所「太陽コーパス」(雑誌「太陽」の記事データベース)でたくさん出てきます。私は1925年、1917年、1909年、1895年の例を拾っています。

また、文芸作品からは、室生犀星・尾崎紅葉の例を挙げることができます。
私は「いまから姉はどうして晩までくらすのだろう。何かおもしろいことでもあるのだろうか。」などと考えていた。家にいるときよりいくらかやせたのも私にはよく感じられた。私は嫁というものは単に生活を食事のほうにのみ勤むべきものであろうかなどと、悩ましく考え歩いていた。(室生犀星「幼年時代」〔1919年発表〕『或る少女の死まで 他二篇』岩波文庫 p.62-63)

 柳之助は肩を窄{すぼ}めて、その得{え}もいわれぬ苦悶{くるしみ}を面{おもて}に顕した。それでお種の疑{うたがい}も大方釈{と}けて、決して悪い了簡などのある人ではないと思うほど、見る通り悩ましげにしているのが一入{ひとしお}気の毒で、何とか助けたいにも手の着けようがなさに当惑して、(尾崎紅葉『多情多恨』〔1896年発表〕岩波文庫 1939年第1刷 2003年改版第1刷 2003.11.14第2刷 p.378)
これで、わずかずつではあるけれど、1890年代までの例を得ることはできました。まだ例が多いとは言えないし、また、1880年代以前はどうか、ということも気になります。もう少し例を集めてみようと思います。
posted by Yeemar at 11:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

平気かなあ、お父さん

フジテレビ「金曜エンタテイメント」(2006.02.03 21:00)で、映画「みんなのいえ」(2001年フジテレビほか・三谷幸喜脚本・監督)を見ていました。夫婦から家を建てることを依頼された、妻の父である大工と、若い内装デザイナーとが、互いにぶつかり合いながら仕事を成し遂げて行くまでの話です。

父は、娘夫婦の家を建てることを引き受けて上機嫌です。その父を尻目に、娘の民子(八木亜希子)は、母(吉村実子)との間で、以下の会話を交わします。
民子「平気かなあ、お父さん」
母「やる気はあるんじゃない?」
民子「すっごい不安なんですけど」
この「平気」の使い方は新しそうです。辞書を見ると、「平気」は、「(1)おちついて 変わりがないようす。「―を よそおう」(2)気にしないようす。」(『三省堂国語辞典』)などと記されています。しかし、ここで使われている「平気」は、「頼ることができる」「仕事をきちんとしてくれる」というような意味でしょう。従来なら「大丈夫」と表現するはずのところです。

私の感覚では、「平気」ということばは、たとえば「どんなにののしられても平気でいる」とか、「転んでズボンを破ったけれども平気だ」とか、そういうふうに使います。前者は「心が動揺しない」ということで、上記の辞書の(1)の意味、後者は「くよくよ気にしない」ということで、(2)の意味に当たります。(1)にせよ(2)にせよ、何かことが起こったあとの心の状態をいうことばです。

ところが、「平気かなあ、お父さん」というときは、何かことが起こる前の発言です。私は、こういうときには「平気」を使いません〔この説明は不十分でした。追記参照〕。

民子のお母さんも、「平気」を使う場面があります。ある激しい雨の晩、娘から電話がかかってきます。
民子「あ、もしもしお母さん? お父さんいる?」
母「出て行ったわよ。(建築中の家の)様子見て来るって」
民子「なんか言ってた?」
母「平気みたいよ。一応念のためって」
民子「分かった、ありがとう。うん、じゃあね」
この「平気」も、何かことが起こった後の感情ではありません。「この雨のせいで、これから困ったことが起こるかどうか」について、母は「(お父さんは)平気らしい」と思っています。やはり、ここでも未来のことについて「平気」を使っています。

この「平気」は、脚本を書いた三谷幸喜さんの言い方なのかもしれません。

「大丈夫」と言えばよく分かるではないかと思いますが、「大丈夫」ということばも、これはこれで意味が変化しています。村上龍氏は「原稿は再来週の掲載になりますが、よろしいでしょうか」と人に聞いたら「だいじょうぶです」と答えられたそうですが(『eメールの達人になる』集英社新書 2001.11 p.117)、どうやら「かまわない」の意味で使われているのです。

「朝日新聞」夕刊 2003.09.02 p.2には、「(出先から電話で)私に何か連絡{れんらく}ありますか?」「大丈夫{だいじょうぶ}です」という会話が紹介されています。こちらは「変わったことはありません、問題はありません」ということでしょう。

「大丈夫」が、「頼りになる」とか「不安がない」という意味で使われなくなってきています。つまり、「頼りになる」「不安がない」を表すことばがなくなり、穴ができてしまった。その穴を埋めるために、「平気」ということばの新しい用法が生まれたのではないでしょうか。

追記
本文中の説明は、「事前」か「事後」かで「大丈夫」と「平気」を分けるということになり、適当ではありません。むしろ、「平気」は「心の状態」だという部分に力点を置くべきでした。一方、「大丈夫」は「心の状態」ではなく「客観的な状態」を指すと考えられます(ぷよるさん、toh'yamaさんのご指摘による)。何かの事態に遭遇しないうちは、まだ感情が生じないので、「平気」は使いにくい、それに対し、「大丈夫」は心の状態ではなく、客観的な状態を言うため、結果として、事前か事後かに関わらず使いやすいということでしょう。(2006.02.10)
posted by Yeemar at 15:21| Comment(7) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月07日

「檄を飛ばす」の文句の出ない使い方

「檄を飛ばす」という言い方が誤って用いられている、というのは、よく聞く批判です。本来は「檄文(決起などを呼びかける文書)をほうぼうに送る」という意味で使っていたものが、「叱咤激励する」の意味で使うようになったというのです。

新用法を強く否定しているのは『新明解国語辞典』で、「檄を飛ばす」について、第4版以来、
檄を書いて、決起を促したりする。俗に激励の意で用いるのは全くの誤り
と記しています。

一方、寛容なのは『広辞苑』です。第4版以来、
考えや主張を広く人々に知らせて同意を求める。また、元気のない者に刺激を与えて活気づける。
と記しています。『広辞苑』の場合、前半では本来に近い意味を記し、後半では新しい「叱咤激励する」の意味を記しています。何の保留もつけていません。

ただ、多くの辞書では、この「叱咤激励する」の意味については「〔俗〕」とか「誤って」とか「本来の用法ではない」とか「近年は」とかいった注意を記しています(余談ですが、『明鏡国語辞典』〈初版第1刷〉で「檄を飛ばす」の同意語として「激す」を挙げてあるのは、「檄す」の誤りでしょう)。

「叱咤激励する」の意は、「檄」と「激」の字形の類似から出たと思われます。ちょっと間抜けな取り違えなので、『広辞苑』以外はあまり積極的に認めていないのも分かります。

では、現代の日本語で、「檄を飛ばす」を、どこからも文句の出ないように使うことは可能でしょうか。

もともとの意味で使う機会は、実際にはほとんどありません。高島俊男氏は『せがれの凋落 お言葉ですが…三』(文藝春秋)p.167以下で、歴史随筆に「全国の民権同志に檄を飛ばして大阪に大集会を催そうとした時…」とあり、「これが正しい用法である」と述べています。たしかに正しいけれど、今どき、檄ビラをほうぼうに配るというような状況を経験することはまれです。「檄を飛ばす」を本来的用法でしか使ってはならないとなると、このことばを使う機会はまず失われます。

では、原義をやや拡大解釈して、『広辞苑』にあるように、「考えや主張を広く人々に知らせて同意を求める」という意味で使ってはどうでしょうか。そうすると、たとえば「新聞に投書して、『近所の人と行き会ったらあいさつをしましょう』と檄を飛ばした」などと言ってよいことになります。しかし、これでは違和感をおぼえる人が多いでしょう。

日本に輸入された米国産牛肉の中に、危険部位である背骨が見つかった問題で、次のようなニュースがありました。
ジョハンズ農務長官は24日、日本に牛肉を輸出している全米の食肉処理施設の代表をワシントンに集め、早期の輸出再開に向け檄を飛ばしました。(NHK「ニュース7」2006.01.25 19:00)
この例はどうでしょうか。ジョハンズ長官が「自分の考えを、ワシントンに集まった代表たちに広く知らせて同意を求めた」ということであれば、『広辞苑』に書いてある前半の説明には合致します。

でも、私には違和感が残ります。本来の意味から言えば、檄文を飛ばして、その結果、多くの人が結集するのです。ところが、ジョハンズ長官は、結集した人々に「檄を飛ばした」というのですから、もとの意味を考えれば、順序があべこべです。

こういうわけで、「檄を飛ばす」は、なかなか使いにくいのです。(1)もとの意味に忠実に使おうと思っても使う機会がないし、(2)「自分の考えを広めて同意を得る」の意味で使ってもあまりしっくり来ないし、(3)「叱咤激励する」の意味で使えば「誤り」とされるおそれがあります。

「檄を飛ばす」が、多くの場合「叱咤激励する」の意味で使われているのだとすれば、いっそ「を飛ばす」ということばを作ってしまってはどうでしょうか。「檄を飛ばす」とは別語の、「激励のことばを飛ばす」という意味の語として、どんどん使うようにするのです。ことばの乱れを加速させることにならないかどうかは、保証の限りではありません。
posted by Yeemar at 23:32| Comment(3) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月06日

コアなファン

やられますね、いい感じのKO。」で「コア(な)ファン」の意味がよく分からないと書いておいたところ、コメントをいただきました。

私は、「好きな対象の中心(core)までどっぷりと入り込んだ、徹底的なファンということか、骨の髄まで対象にほれたファンということか」と書きました。すると、toh'yamaさんが「周縁部でなく中心(核)に位置する人たちのこと」を指すのではないかと指摘されました。

本格的に辞書を調べてみると、「コア」については、「(中)核」などの意味だけを載せているものが大部分です。こうした中で、『デイリーコンサイス国語辞典 第4版』には
コア1 core 核.中心.|〈ダ〉中心的.▼〜なファン
とあり、形容動詞として「中心的な」の意味で使われることが明示されています。

また、ぷよるさんが、「中心的な」の意味を認めた上で、「「オタク」のマイナスな印象を払拭する言い方としても使われているという印象」と指摘されました。ぷよるさんの示されるホームページ「はてなダイアリー」の「コアなファン」には、
ある事柄について深く洞察をし自分なりの『である』論をもつひとびと。

ひとつのことにハマり続ける人に対して呼ばれる蔑称まじりの敬称。
との定義が載っています。これらの定義は、「本格的な」とか「徹底的な」とかいう意味に近いという印象を受けます。

「コアなファン」は、もとは「全体の中心となるファン」の意味で使われたのが、だんだん拡張されて、「徹底的なファン」「重症のファン」というような意味になってきたのではないでしょうか。

どれくらい古くからあるか、とりあえず新聞の例を調べてみると、1996年の例が見つかりました。
 日本では一万枚売れると、ヒットといわれるクラシックCDの世界。あるレコードメーカーの関係者は「この数字は、コアなクラシックファンが日本には百万人いるから、その一%に売れればというところから来ている」と解説するが、「同シリーズを買っている人とコアなファンがだぶっているとは考えにくい。ということは、新たなファン層が開拓されているということですね…」。〔人気持続「クラシック・コレクション」〕(「産経新聞」夕刊 1996.03.09 p.5)
この例は、「コアな」を「中心的な」の意で用いています。市場調査などから割り出せる、いわば「固定客」であるファンのことですね。

一方、次の例は、「中心的な」「中核的な」という意味では解釈できません。
週4日コンビニでアルバイトをしているという鷲崎〔健・ミュージシャン〕は生活感をアピールし、〔新しくラジオで担当する情報番組を〕「コアな情報からファミリー向けまで幅広く楽しめる番組にしたい」。(「毎日新聞」夕刊 2004.05.07 p.9)
これは、「中核的な情報」ということではなく、「重度のマニア向けの情報」ということだと考えられます。この番組はアニメとゲームの情報番組ということです。

「中心的な」から「徹底的な、病膏肓に入った」に意味が広がってきたと考えていいか、また、そうだとすれば、いつごろから変化してきたのかについては、調べ切れませんでした。新聞各社のデータベースで記事内容を表示するためには、多少の料金もかかり、限界があります。別の方法を考えたほうがよさそうです。
posted by Yeemar at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月03日

つい使う商標の代表

NHK「スタジオパークからこんにちは・金曜バラエティー」(2006.02.03 12:20)で、ゲスト出演者の清水アキラさんが顔に透明テープをはって、歌手の顔まねをしていました。

物まねの後、司会者たちとの間で、このテープ芸のことが話題になりました。清水さんがつい「セロテープ」と言うと、司会の松本和也アナウンサーは、すかさず「セロハンテープですね」と言いました。「セロテープ」は商標だから言いかえたのですが、いつもながら、NHKアナウンサーの対応は素早いですね。

ゲストにはもう1人、栗田貫一さんがいて、この人は「セロハンテープ」とNHK用語で言いました。清水さんも2度目は「セロハンテープ」と言いました。ところが、栗田さんはあとで「セロテープ」と言っており、清水さんも栗田さんも1勝1敗という格好でした。

私の記憶によって書いているので、事実と多少異なるかもしれませんが、まあ、だいたいこんな感じでした。

NHKは、これも私の感じでは、2000年ごろから、商標を言ってもいい場合を広げているように思います。たとえば、深夜の「爆笑オンエアバトル」で、ネタの必要上、商標に触れないわけにはゆかない場合など。

ひとつはっきりしていることがあります。2005.11に『NHKことばのハンドブック』の改訂第2版が出ましたが、1992年発行の旧版と比べてみると、商標の扱い方に違いがあります。

旧版では、「ことばQ&A」という欄で「商標名」について1ページをとって詳しく解説しています。そこには
報道目的上必要な場合には,登録商標や特定商品名であっても,使うことのあるのはもちろんである。(p.343)
と書かれています。「報道」というのが、ニュース番組等を指すのであれば、漫才番組などはこの対象からはずれます。

さらに、このあとに「一般商品名と間違いやすいもの」として、アイドホール、アクアラング、アートフラワーなど、20以上の例を挙げてあります。じつに親切です。

ところが、第2版では、扱い自体が小さくなっています。「商品名」と題する8行ほどのかんたんなコラムです。
 NHKでは広告宣伝放送が禁止されている。それがニュースや番組に必須の要素である場合を除いて,商品名を放送しないことになっている。
 商品名などの特定名称ではなく,一般名称を使う。たとえば,「宅急便」は特定の商品名であるため,一般名称である「宅配便」に言いかえて使う。
 「セロテープ」も特定の商品名であり,「セロハンテープ」と言いかえて使っている。(p.105)
これで全文です。「番組に必須の要素である場合」とある文言から、やはり条件は緩和されているのだな、と分かります。

また、商品名(「商標名」でも「商標」でもなくなっている)の例示も、「セロテープ」と「宅配便」だけです。これは、「商標であるかどうかは、常識で判断してください」と、現場に任せているというメッセージのようも受け取れます。もしかしたら、現場には裏マニュアルがあるのかもしれませんが、姿勢はたしかに変化しているのでしょう。

それでも、わざわざここに「セロテープ」「宅急便」を挙げてあるのは、つい一般名と思って使ってしまう商標の代表で、反響も大きいからでしょう。松本アナウンサーも、ゲストが清水アキラさんだと決まってから、きっと警戒していたのではないでしょうか。

私は、「テープ」と言いかえればかんたんでいいではないかと思います。清水さんの使うテープは、業務用のビニールテープ(放送でそう言っていたと記憶)なのだそうです。
posted by Yeemar at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月01日

被疑者を「女性」という

古いニュースのことばの話です。

昔の報道では、事件の被疑者を呼び捨てにしていました。1976年に前総理大臣が逮捕されたときには「田中は」「田中は」と連呼していたものです。

そのうち、「まだ有罪が確定していない被疑者の段階で呼び捨てにするのは問題だ」ということになりました。まずNHKが1984年4月から、フジテレビが1985年4月から、TBSは1989年11月から、日本テレビ・テレビ朝日・テレビ東京は同年12月から、「容疑者」という呼称をつけて呼ぶようになりました(「朝日新聞」〔香川版〕1989.12.01による)。

昔は、たしかに「罪を憎んで、人も憎む」という傾きがあったかもしれません。ところが、一方では、ずいぶん被疑者に配慮しているように見える点があります。

被疑者を、「女」「男」と言わず、「女性」「男性」と言うことがあったのです。

NHKエンタープライズ発売のビデオ「NHK THE NEWS」(年末の回顧ニュースをまとめたもの)によって見てみましょう。たとえば、コインロッカーの中に赤ちゃんが遺棄されていた事件の報道では、
コインロッカーは群衆の中の密室である。赤ちゃんを捨てて警察に捕まった女性の一人は、捨てるというより、入れるとか、置くとかいった感じでしたと言っている。〔1973年〕
と説明されています。ひどいことをする女を「女性」だなんて、言い間違いかな、と思いましたが、そうでもないようです。

爆破事件を起こした過激派の逮捕のニュースでは、
5月19日、8人を逮捕。女性3人も含まれていた。〔1975年〕
と言っています。ちなみに、「女性3人を含む」という言い方は男中心の表現ですが、昔は類似の言い回しがよく使われたようです。今なら「男5人、女3人を逮捕しました」と言うのではないでしょうか。

これら2例は回顧ニュースの中でのナレーションですが、事件の実況中継でも「男性」「女性」と言っています。例の、あさま山荘事件の時、現場の様子を伝えるアナウンサーは次のように言っていました。
窓が開けられました。顔がのぞいています。男ですね。男のようです。カーテンを引きちぎっています。女性かしら。女性か、男性か……。〔1972年〕
はじめは「男」と言っていたのに、その次には「女」と言わず「女性」を用いています。人質は女性でしたから、その可能性も考慮したためでしょうか。しかし、「女性か、男性か……」と並べている以上は、やはり犯人(被疑者)のことを指しているのでしょう。

「女性」「男性」の語感が今とは違っていた可能性もあります。ともあれ、このような「ていねい」な言い方は、今はなくなったはずです。
posted by Yeemar at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月28日

勇気はもらえるか

「週刊朝日」2006.02.03 p.87に、映画評論家のおすぎさんが、
今回「スタンドアップ」からは勇気をもらいました
と書いていました。

初め、何の疑問もなく読み過ごしました。しかし、たまたま私がこの週刊誌を読んでいたところが電車の中で、退屈だったため、何の気なしに、もう1度読み返してみました。そのとき、「『勇気をもらう』という言い方は、昔はなかったのではなかろうか」という気がしてきました。

人のことばや行動に勇気づけられることは、もちろんいつの時代にもあったでしょう。でも、それを「勇気をもらう」と表現していたかどうか。おそらくしていなかった。もともと、勇気は「あげ」たり「もらっ」たりするものではなかったのが、最近では授受可能なものと意識されるようになってきたのではないでしょうか。それがよいとか悪いとかいうことではありません。

私は、「勇気をもらう」はいつごろからよく使われるようになったか知りたくなって、帰ってからちょっと調べてみました。

手元には、「勇気をもらう」の用例は採ってありませんでした。あまりにも当たり前に見える言い方なので、私の注意を引かなかったせいです。そこで、朝日・毎日・読売・産経の4全国紙のデータベースを検索し〔追記参照〕、「勇気をもら」の文字列がいつごろから出てくるか確かめてみました。すると、ちょっと驚くべきことが分かりました。

主要4紙の中では、「勇気をもら」を使っている一番古い文章は、「朝日新聞」1988.01.24の「声」欄に載った次の投書です。
 彼〔尾崎豊〕の歌に、自らは言葉に出来なかったいらだちや悲しみを見つけて共感して勇気をもらったり、逆に私たちからは、一緒に歌を口ずさんだり声を届けることで彼に何らかの活力を与えることができたと思う。
この年、「勇気をもら」を使う記事は、他紙を通じてこの例のほかにありません。その後も、1990年に1件、1993年に1件という具合で、あまり使われていません。

ところが、1996年に10件に達したあたりから様子が変わってきて、どんどん増えてきました。2001年には3けたの大台に達して103件、そして、2005年は、4紙を通じて何件あったかというと、じつに249件を数えます。

これをグラフにすると、次のようになります。

この結果からすると、「勇気をもらう」という言い方は、明らかに近年広まった「新しい慣用句」と言わざるをえません。「勇気」も「もらう」もごくふつうのことばなので、私は注意せずにいたのでした。

ことばの変化というと、目につきやすい変化だけがすべてのように考えてしまいがちですが、ふつうの皮をかぶりつつ、しかし、まぎれもなく変化していることばがあります。よく論じられることばだけでなく、日々目に触れる平凡なことばにこそ注意しなければならないと自戒しました。

追記
産経新聞の記事がデータベースに入るのは1992年9月からなので、1991年までは3紙のデータです。(2006.01.31)
posted by Yeemar at 23:56| Comment(6) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。