2008年04月09日

「身につまされる」のあいまいな用例

「身につまされる」という句が、意味があいまいなまま使われることがあるようです。辞書の説明が分かりにくいのも混乱の一因かもしれません。ネット上では、2002.04.29に「Navi」氏が次のように指摘しています。
〔「心身が弱った状態で老人問題特集を見ていると身につまされる」という使い方は正しいかどうか〕先ほど辞書をひいてみた。〔『三省堂国語辞典』では〕「自分にくらべてあわれに感じる」だって? 微妙に自信が無かったとはいえ、これはちょっと納得できない。慌てて『広辞苑』もチェック。〔略。「人ごとでなく感じられて、哀れに思われる」の説明を引き〕おぉ、これだよこれ、「人ごとでなく感じられて」。間違いではなかったか。よかったよかった。(そいとごえす・近況雑談
たしかに、『三省堂』の説明は不十分で、「自分にくらべてあわれに感じる」は舌足らずです。「自分の身に引きくらべて〔=当てはめて〕あわれに感じる」というのを圧縮しすぎて、分かりにくくなっています。次回の改訂では再考すべきです。「自分のことのようで あわれに感じる」としてもいいでしょう。

私にとって、「身につまされる」の典型的な使い方は、たとえばこうです。
或る新聞の座談会で、宮さまが、「斜陽を愛読している、身につまされるから」とおっしゃっていた。(太宰治「如是我聞」)
『斜陽』は没落貴族を描いた小説なので、宮様は、まるで自分のことのようで、登場人物に同情したということでしょう。

さて、「身につまされる」の意味をこのように確認したあとで、実際の用例を検討してみると、どうも分かりにくいものが多くあります。古いほうから挙げます。
私がSF作家になるに至ったのは、実に私が、SFの描くいろんな災難、ウイルスで地球が死滅するとか、放射能でゴキブリが巨大化するとか、そういう話をひとつも、ウソや、といって笑いとばすことができず、全部身につまされたからである。(中島梓『にんげん動物園』角川書店 1981.11.30初版 p.150)
フィクションに描かれた災害が「人ごとでなく」感じられた、ということでしょう。「身につまされる」の意味に一部は重なりますが、「あわれに思う」という意味はここには含まれていません。自分も大災害に遭遇した経験があって、それで、巨大ゴキブリに襲われた登場人物に同情した、というわけでもなさそうです。違和感の残る表現です。
〔アンケートで、「なりたい人物」としてイチローを選んだことについて〕「同級生なので、自分との差が激しいから」(31)
 と身につまされている人もいる。(『週刊文春』2005.11.10 p.48)
この例では、べつにイチローをあわれに思っているわけではありません。イチローが活躍している一方、自分はぱっとしないなあ、と残念に思っているのです。「自分の身を省みてはずかしく思う」ということでしょう。なお、この文では「同級生」の使い方も注意を引きます。

次の例もアンケートに関する文章です。
 現時点でのわが家の位置づけを尋ねると、七七・五%が〈中流〉と答えた。なるほど、まだかろうじて「一億総中流」の神話は残っているようだが、〈下流〉が一八・八%を占めていることが気にかかる。
 十八歳の子どもを持つ親といえば、おそらく四十代半ばから後半にかけて。「親が幸せに生きているように見えますか?」の設問に〈NO〉と答えた子どもが三二・二%にのぼっていることも合わせて、これらの設問への回答は、むしろ親の世代にとって身につまされるだろう。〔重松清〕(『週刊文春』2006.05.18 p.142)
アンケート結果を読んで、だれか他人をあわれに思うというのはへんなので、これも、「人ごとでなく思う」ということでしょう。

『週刊文春』の例ばかりたまたま続きますが、次も同じ雑誌の例です。
「〔事故を起こして〕入院中に先輩たちから愛情を注がれるなかで、今まで笑いの伝え方が不親切だったなと気づかされた。お客さんに対する愛がなかったんじゃないかと身につまされました
 と千原ジュニアさん(33)は語る。(「週刊文春」2008.04.10 p.121)
先輩たちから親切にしてもらったことで、自分を反省したというのです。ここでは、だれかの話を自分自身に引き比べてみたというわけではありません。ここまで来ると、先の太宰治の例とはかなり距離が生まれています。

以上の「身につまされる」のそれぞれの例は、互いに一致する部分としない部分があります。それぞれの例は、散発的なものか、一定の勢力を持っているのか、よく分かりません。また、手元の用例がなぜか『週刊文春』にかたよっているのも不満です。なおしばらく用例を集めてみたいことばです。
posted by Yeemar at 21:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
沖縄県糸満市の金城善です。
沖縄には「ウチアタイスン」ということばあります。漢字をあてると「内当たりする」ということになりましょうか。
しかしながら、的確な日本語を見つけることができません。
今回の「身につまされる」の中の「人ごとでなく」、すこし後ろめたさをかんじる「心当たり」なのかなぁと思います。
どういう訳か、内間直人・野原三義編著『沖縄語辞典』(株式会社研究社、2006)には、「ウチアタイ」は収録されていません。
Posted by 金城 善 at 2010年05月20日 09:44
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