2007年08月31日

マーキロかマーキュロか

今ではあまり見かけなくなりましたが、「赤チン」という薬があります。正式には「マーキュロクロム」と言います。略して「マーキュロ」とか「マーキロ」とか言うこともあります。

「Yahoo!」で検索してみると、重複を除いて、「マーキロ」は35件、「マーキュロ」は662件(マーキュロクローム・マーキュロクロムを除く)です(2007.08.31)。「マーキロ」はほとんど使われません。

さて、その少ない「マーキロ」の用例ですが、日本ペンクラブの「電子文藝館」で読める井上ひさし「あくる朝の蝉」の中に出てきます。
「そんなことを言うんなら母さんが店をやるんだな。薬九層倍なんていうけど、この商売、どれだけ儲けが薄いか母さんだって知ってるはずだよ。とくにこんな田舎じゃ売れるのはマーキロか正露丸だ。母さんと二人で喰って行くのがかっつかつだぜ」
このページには、「昭和四十八年(1973)九月「別冊文藝春秋」初出」と書かれていますから、これを底本に本文を入力したのかもしれません。

ところが、手元の『四十一番の少年』(文春文庫、1974.11.25 第1刷、1986.04.15 第21刷)に収録されたこの作品を見ると、当該の部分は
とくにこんな田舎じゃ売れるのはマーキュロか正露丸だ。(p.180)
と「マーキュロ」になっています。この作品はまた、『短編小説傑作選 戦後50年の作家たち』(『文藝春秋』1995.07 臨時増刊)にも入っていますが、ここでも同様に「マーキュロ」になっています。

小字の「ュ」があろうがなかろうが大差ないようですが、じつは大きな差があります。「mercurochrome」が「マーキュロ」となり、さらになまって「マーキロ」となるのは、そのことばが、それだけ庶民に定着していることを示します。ちょうど、「ラディッシュ」(赤かぶ)のことを「ラレシ」と言っているようなもので、日本語として言いやすい形になるように手を加えているのです。

マーキュロクロムは、けがの薬として非常に一般的だったため、昔は「マーキロ」と言う人がかなり多かったはずです。井上ひさし氏のこの小説は、戦後間もない東北の町が舞台だったので、当時の雰囲気そのままに「マーキロ」と記した可能性があります。

それが私の文庫本で「マーキュロ」となっているのは、本になる過程で校閲者が意見をつけたか、筆者が「マーキロでは分からない」と思ったかで、本文を訂正したのではないでしょうか。それとも、「電子文藝館」の入力ミスでしょうか。私は初出の文章を見ていないので何とも言えませんが、もともと「マーキロ」であったのならば、そのままにしておいてもよかったと思います。いつか初出本文を確かめみるつもりです。
posted by Yeemar at 10:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
当方、「赤チン」は知っていますが言葉としての「マーキロ」も「マーキュロ」も知らない者です。世代的に、ですかね。
記事とあまり関係ないですが、先日、50歳代の方が「マキロン」のことを「マーキュロ」とお書きになっていて目を引きました。同じものだと思っているんでしょうかね。
(なお、「マキロン」の語源がマーキュロクロムに関係するということは最近知りました。)
Posted by toh'yama at 2007年10月05日 02:31
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