2006年10月03日

「愛想を振りまく」は使われないか

平成17年度国語に関する世論調査」の調査項目に「愛想を振りまく」・「愛嬌を振りまく」が取り上げられました。どちらの言い方が正統なのか。文化庁のホームページでは
「あいそ(う)を振りまく」と,本来の言い方とされる「あいきょうを振りまく」とが,共に4割台となっている。
とあり、文化庁としては「あいきょうを振りまく」のほうが古いと考えているようです。

報道では、もっとはっきりと、「愛想を振りまく」はバツ、「愛嬌を振りまく」はマルとするものが目立ちます。たとえば、NHK「ニュース7」(2006.07.26)では
間違いの多かった例です。周囲に明るくにこやかな態度を取るという意味の慣用句について、「あいそうを振りまく」と答えた人は48パーセント、「あいきょう」と答えた人が44パーセント。正しくは「あいきょうを振りまく」です。しかし誤った表現を選んだ人の割合が上回りました。
と断定しています。

NIKKEI NET」〔日本経済新聞〕(2006.07.26)でも
周囲に明るくにこやかな態度を示すことを意味する「愛嬌を振りまく」と、正しい表現を選んだ回答は43.9%。「愛想がいい」との混同から「愛想を振りまく」と誤ったのは48.3%だった。
と記しています。

このことに驚いた人のブログもあります。「La vita quotidiana」2006.07.30の「振りまくのはあいそじゃないのか」では、
確かに辞書を調べたら
「愛想」のところにはないし
「愛嬌」のところにはある。
と述べ、「なんとも耳が痛いハナシです」と結んでいます。

私はどうかというと、この報道を聞いたとき、「正解」が分かりませんでした。「愛想」だか「愛嬌」だか、あやふやでした。しかし、NHKニュースの阿部渉アナウンサーが言明するので、「愛嬌を振りまく」が正しいのだと納得しました。

ところが、今、試みに調べてみると「愛想を振りまく」の例は、以前からよく使われています。1960年代からの例を挙げてみます。
特に出張先からは熱心に書き、会社では愛想をふりまき、東西電機の男性ナンバーワンであった。(山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』〔1963年単行本〕新潮文庫 1968.02発行 2003.08第41刷 p.186)

水割りの言葉に愛想を振りまいていれば、大衆化には当面成績をあげるかもしれないが、真の宗教的深化からは遠ざかることになる。(外山滋比古『日本語の個性』中公新書 1976.05初版 p.160)

 当時、二十五歳の私は、好むと好まざるとにかかわらず、人さえ見れば歯をムキ出して愛想を振りまかねばならぬ「人気女優」という立場にいた。(高峰秀子『わたしの渡世日記 下』〔1975-1976発表〕朝日文庫 1980.09第1刷 p.200)

「受付で、パンフレットを渡したり、来客にお茶を出したりする仕事だそうだ。せいぜい愛想を振りまいて、加賀美人を披露して来てくれ」(唯川恵『夜明け前に会いたい』〔1996年刊行〕新潮文庫 2000.06発行 2002.05第9刷 p.140)
このほかにもいくらでも「愛想を振りまく」の例があります(岸田國士・伊藤整・北杜夫・開高健・有吉佐和子・加賀乙彦)。

戦前の例を見ると、たしかに「愛嬌を振りまく」のほうが多いようです。しかし、「愛想」もあります。

『日本国語大辞典』には「愛嬌を振りまく」しか載っておらず、そこには1886年の饗庭篁村「当世商人気質」と、1900-01年の徳冨蘆花「思出の記」の例が出ています。ただ、その徳冨蘆花が、一方では「愛想をふりまく」を使っている例が「謀叛論」(講演草稿、1911年)にあります。これはネットの「青空文庫」および日本ペンクラブの「電子文藝館」で読めます。
御歌所に干渉して朝鮮人に愛想をふりまく悧口者はあるが、何処に陛下の人格を敬愛してますます徳に進ませ給ふ様に希(こひねが)ふ真の忠臣がある乎。(電子文藝館より)
このように見てくると、「愛嬌を振りまく」も「愛想を振りまく」も、初出例としては十何年かの差に過ぎず、「愛嬌」が本来というほどはっきりした違いはないように思われます。少々過激なことを言うならば、辞書では、「愛想を振りまく」を誤用と見なすよりも、むしろ項目として堂々と載せるべきであると思います。
posted by Yeemar at 20:38| Comment(2) | TrackBack(1) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
(お久しぶりです。ブログの更新、楽しみにしておりました。)

阿部渉アナウンサーと、ことばおじさんこと 梅津正樹アナウンサー(ラジオで聴きました)がおっしゃっていましたね。「愛想を振りまく」は、けっこう耳にしていたような気がするので、『世の中の多くの人が間違って使っているんだな、私も気をつけよう。』と、その時は思いました。

これは私の勝手な印象ですが、「愛想を振りまく」は、なんとなくゴマをすっている感じですが、「愛嬌を振りまく」は、かわいらしく思えます。理由は特になく、なんとなくなのですが・・・。
Posted by Наоко at 2006年10月04日 01:31
はじめまして、La vita quotidianaの主でございます。
うちのヘナチョコな話が本業の学者さんに
こんなにも立派な考察をしていただけるなんて
本当にびっくりでございますです。

しかし、たった『十何年か』しか変わらないものだったのですね。
「愛想を振りまく」のほうがぜんぜん後発なのだと
ろくに調べもしないまま思い込んでおりました。お恥ずかしい。

本当に言葉とは奥が深いものです。
Posted by sako at 2006年10月06日 01:06
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振りまくのはあいそじゃないのか
Excerpt: あたしの日本語もたいがい褒められたモンじゃないとは思うけれど さすがにちょっとショックを受けたのがコレ。 「あいそ(う)を振りまく」ではなく 「あいきょうを振りまく」のが正しいのだそうです。..
Weblog: La vita quotidiana
Tracked: 2006-10-05 23:56
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