「あいそ(う)を振りまく」と,本来の言い方とされる「あいきょうを振りまく」とが,共に4割台となっている。とあり、文化庁としては「あいきょうを振りまく」のほうが古いと考えているようです。
報道では、もっとはっきりと、「愛想を振りまく」はバツ、「愛嬌を振りまく」はマルとするものが目立ちます。たとえば、NHK「ニュース7」(2006.07.26)では
間違いの多かった例です。周囲に明るくにこやかな態度を取るという意味の慣用句について、「あいそうを振りまく」と答えた人は48パーセント、「あいきょう」と答えた人が44パーセント。正しくは「あいきょうを振りまく」です。しかし誤った表現を選んだ人の割合が上回りました。と断定しています。
「NIKKEI NET」〔日本経済新聞〕(2006.07.26)でも
周囲に明るくにこやかな態度を示すことを意味する「愛嬌を振りまく」と、正しい表現を選んだ回答は43.9%。「愛想がいい」との混同から「愛想を振りまく」と誤ったのは48.3%だった。と記しています。
このことに驚いた人のブログもあります。「La vita quotidiana」2006.07.30の「振りまくのはあいそじゃないのか」では、
確かに辞書を調べたらと述べ、「なんとも耳が痛いハナシです」と結んでいます。
「愛想」のところにはないし
「愛嬌」のところにはある。
私はどうかというと、この報道を聞いたとき、「正解」が分かりませんでした。「愛想」だか「愛嬌」だか、あやふやでした。しかし、NHKニュースの阿部渉アナウンサーが言明するので、「愛嬌を振りまく」が正しいのだと納得しました。
ところが、今、試みに調べてみると「愛想を振りまく」の例は、以前からよく使われています。1960年代からの例を挙げてみます。
特に出張先からは熱心に書き、会社では愛想をふりまき、東西電機の男性ナンバーワンであった。(山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』〔1963年単行本〕新潮文庫 1968.02発行 2003.08第41刷 p.186)このほかにもいくらでも「愛想を振りまく」の例があります(岸田國士・伊藤整・北杜夫・開高健・有吉佐和子・加賀乙彦)。
水割りの言葉に愛想を振りまいていれば、大衆化には当面成績をあげるかもしれないが、真の宗教的深化からは遠ざかることになる。(外山滋比古『日本語の個性』中公新書 1976.05初版 p.160)
当時、二十五歳の私は、好むと好まざるとにかかわらず、人さえ見れば歯をムキ出して愛想を振りまかねばならぬ「人気女優」という立場にいた。(高峰秀子『わたしの渡世日記 下』〔1975-1976発表〕朝日文庫 1980.09第1刷 p.200)
「受付で、パンフレットを渡したり、来客にお茶を出したりする仕事だそうだ。せいぜい愛想を振りまいて、加賀美人を披露して来てくれ」(唯川恵『夜明け前に会いたい』〔1996年刊行〕新潮文庫 2000.06発行 2002.05第9刷 p.140)
戦前の例を見ると、たしかに「愛嬌を振りまく」のほうが多いようです。しかし、「愛想」もあります。
『日本国語大辞典』には「愛嬌を振りまく」しか載っておらず、そこには1886年の饗庭篁村「当世商人気質」と、1900-01年の徳冨蘆花「思出の記」の例が出ています。ただ、その徳冨蘆花が、一方では「愛想をふりまく」を使っている例が「謀叛論」(講演草稿、1911年)にあります。これはネットの「青空文庫」および日本ペンクラブの「電子文藝館」で読めます。
御歌所に干渉して朝鮮人に愛想をふりまく悧口者はあるが、何処に陛下の人格を敬愛してますます徳に進ませ給ふ様に希(こひねが)ふ真の忠臣がある乎。(電子文藝館より)このように見てくると、「愛嬌を振りまく」も「愛想を振りまく」も、初出例としては十何年かの差に過ぎず、「愛嬌」が本来というほどはっきりした違いはないように思われます。少々過激なことを言うならば、辞書では、「愛想を振りまく」を誤用と見なすよりも、むしろ項目として堂々と載せるべきであると思います。




阿部渉アナウンサーと、ことばおじさんこと 梅津正樹アナウンサー(ラジオで聴きました)がおっしゃっていましたね。「愛想を振りまく」は、けっこう耳にしていたような気がするので、『世の中の多くの人が間違って使っているんだな、私も気をつけよう。』と、その時は思いました。
これは私の勝手な印象ですが、「愛想を振りまく」は、なんとなくゴマをすっている感じですが、「愛嬌を振りまく」は、かわいらしく思えます。理由は特になく、なんとなくなのですが・・・。
うちのヘナチョコな話が本業の学者さんに
こんなにも立派な考察をしていただけるなんて
本当にびっくりでございますです。
しかし、たった『十何年か』しか変わらないものだったのですね。
「愛想を振りまく」のほうがぜんぜん後発なのだと
ろくに調べもしないまま思い込んでおりました。お恥ずかしい。
本当に言葉とは奥が深いものです。