中尉 チーズ5個下さい。アメリカはチーズの本場であろうか、という疑問はしばらく置きます。それよりも注意されるのは「サービスです」というところです。「おまけ」と言われて分からなかった日系アメリカ人の中尉が、「サービス」と言われて分かるものでしょうか。というのも、英語の「service」に「おまけ」の意味はないはずだからです。
ナツ ありがとうございます。
中尉 あなたたちのチーズ、アメリカのよりおいしいです。
ナツ 本場のチーズ食べてる方から褒めてもらってうれしいです。1個、おまけしときます。
中尉 おまけ?
ナツ サービスです。
中尉 ……それはありがとう。
(「ハルとナツ」〔第4回〕2006.03.30 19:30)
英語でこういう時に何と言うのか、じつは私も知りません。『プログレッシブ和英中辞典』(小学館)を見ると、〈〔さらに付け加えるもの〕an addition, something extra; 〔景品〕a free gift,((米)) a giveaway〉とあります。「ギフトです」と言えばいいような気がしますが、どうでしょうか。
この件については、「単なる庶民であるナツが英語を知らないのは当然」と考えれば、話はすんでしまいます。
しかし、疑問はまだあります。ナツを含めた終戦後の一般庶民は、「おまけ」の意味で「サービス」ということばを使っていたのでしょうか。この点になると、いささか時代考証が必要です。
「おまけ」の意味の戦前の例は、辞書に載っています。『日本国語大辞典』で「サービス」を引くと、永井荷風「〓{シ+墨}東綺譚」(1937)の「皆さん、障子張りかえの時が来ました。サービスに上等の糊を進呈」とあります。
とはいえ、戦前に例があることと、終戦後の庶民がそれを使っていたということとは、話が別です。どうも、そう簡単な話ではないという気もします。今のところ、私に結論はありません。もう少し注意して、調べてみたいと思います。
もう1つ、似たような感想を抱いた例が、過去にあります。
松たか子さんの主演で詩人・金子みすゞの生涯を扱ったドラマを見たとき、みすゞの弟・正祐(三宅健)が「シナリオライター」ということばを使っていました。これが、どうも新しすぎることばのような気がしました。
正祐 内緒だけど、東京へ行くつもりだ。シナリオライターになりたい。ドラマの設定は、1928年春。舞台は山口県です。『日本国語大辞典』を見ると、「シナリオライター」は、1930年の『アルス新語辞典』に載っています。ということは、ドラマの中でこのことばが出てくるのは、ぎりぎり、つじつまが合っています。
みすゞ ええねえ、坊ちゃんには将来あって。
(TBSテレビ「TBS創立50周年記念番組 明るいほうへ明るいほうへ―童謡詩人 金子みすゞ―」〔脚本・清水曙美、方言指導・岡本信人〕2001.08.27 21:00)
つじつまは合うけれども、「シナリオライター」という響きが、私にはどうももっと新しいものに思われます。この正祐という人は、後の脚本家・上山雅輔であり、シナリオの世界には当然詳しかったと思われます。とはいえ、当時ならば、「脚本家」とかなんとか、別の言い方をしたのではないでしょうか。
これも、私の素朴な印象に過ぎません。古い時代の外来語の使用頻度を、過小評価しているおそれもあります。このへんのことは、正祐もよく読んでいたはずの当時の雑誌「映画時代」などを見てみれば、あっさり分かるかもしれません。