2006年03月29日

生き残る「ナウい」

以前「流行語の消長」という文章で、「ナウい」ということばについて、「これは間違いなく死語だな」と書きました。1998年のことです。当時、「goo」によって調べてみると、「ナウい」は247件しか出てこなかったので、そう思ったのです。

その後、2000年にあらためて検索してみると、インターネットの普及のせいもあってか、「ナウい」は743件に増えていました。

今は2006年ですが、あらためて「goo」の検索を行ってみました。以前、どのような検索オプションを用いたか、記録がありませんが、今回は「フレーズ検索」(ことばを要素に分けずに検索する)を用いました。その結果、「ナウい」は15,300件という驚異的に大きな数字が出てきました。あきれ果てて、ちょっと落ち着いてから、改めて重複分を除くと、830件となりました。

ちなみに、以前に検索した他のことばについても、また新たに検索してみたところ、「ながら族」797件、「ぶりっこ」3,919件(ぶりっこ795・ブリッコ785・ぶりっ子813・ブリッ子776・ブリっ子750)、「イケてる」1574件(イケてる743・いけてる831)という結果になりました(下のグラフ)。

「いけてる」の急落ぶりがすさまじく、注意を引きます。20世紀末にさかんに使われたことばが、今は流行を過ぎたのでしょう。他のことばとの比較からいって、「いけてる」の急な増減は、単なる検索方式の違いというだけでは説明できません。

さて、話を「ナウい」に戻すと、このことばは、相変わらず細々と使われているようです。「死語」と言ったのは言いすぎで、地味ながら、生き残っていると言ってよい現状です。

米川明彦氏の『日本俗語大辞典』(東京堂)によれば、「ナウい」は1979年の流行語ということです。非常に流行したので、私もその当時よく耳にしました。母音が続いて言いにくく、そこが新鮮でしたが、自分では使いませんでした。流行から1、2年も経つと、早くも「使うのが恥ずかしいことば」になったと思います。しかし、この辞典を見ると、「ナウい」の用例は、1999年まで採られています。

石山茂利夫氏は、『今様こくご辞書』(読売新聞社 1998)の中で、「ナウい」の用例調査をしています。すると、石山氏自身にとって「古臭いと感じてからもう何年もたっている」はずの「ナウい」の用例が、主要新聞に8例見つかったといいます(1995〜6年ごろのこと)。

私も、じつは、まれに目にします。「ナウい」が流行を過ぎたころの小林信彦氏の小説『極東セレナーデ』(1986-87 新聞連載)では、次のように記されています。
 いいとし{2字傍点}をした男が〈ナウい〉と叫ぶのが、利奈は恥ずかしかった。〈ナウ〉とか〈ナウい〉という言葉は、たまらなく恥ずかしい。彼女も「ナウい」と言ったりするけれども、それは、時代遅れのこの言葉に代わるべき表現がないから、仕方なく、「ナウい」という部分だけを小声にしたりするのだが、西園寺は逆に大声を張り上げる。中年男が流行語と信ずるものを覚えると、ろくなことはない。(上巻 新潮文庫 1989年発行 1992年第2刷 p.37)
とあります。1986年の時点で、主人公の利奈は20歳を過ぎたばかりですが、恥ずかしいとはいっても「ナウい」を使うというのです。この小説では、地の文章でも「ナウい」を使っています。
江戸時代の多くは遊里{ゆうり}のあそびの指南書であり、現代のハウツウ物は、麻布十番のディスコやアイスクリームはどれが〈ナウい〉かといったブランド指南書である。(同 p.93)
それからずっと経って、2000年ごろ、大橋巨泉氏がテレビコマーシャルで「ナウい」を使っていたこともありました(これはふざけて)。また、2001年に斎藤美奈子氏が次のように使っていました。
 嫁姑の対立が世代間対立であるにしても、いまのお姑さんたちは世の中が便利になる高度成長期を経験した人たちだ。もっとナウいぞ。お金もあるし、趣味に旅行にとみな元気。(「週刊朝日」2001.03.02 p.125)
斎藤氏の場合も、意識して使っていたのかもしれませんが、いずれにせよ、使っていたのは事実です。

2004年に、齋藤孝氏が新聞の対談で、「ナウい」をあわれむ発言をしています。
この間ある田舎の店に行ったら、「ナウいヤングが集まる店」と書いてあるんですよ。「ナウいヤングが集まる」というのは、もう存在し得ない表現だと思うんです。死語になってしまったんですけど、それが一時期を生きた証拠のようなものが残っていると、生物として言葉の生き死にを見るようで、切ないものがありますね。(「朝日新聞」2004.11.21 p.12)
私も「ナウい」は死語だろうと思っていました。しかし、あわれむのは早いでしょう。まだ、「ナウい」は死んだと決めつけることはできません。新聞・雑誌などにまだ現れることがないかどうか、もう少し注意して見てみたいと思います。
posted by Yeemar at 22:14| Comment(3) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。
地球ことば村 というNPOの事務局をしております。
<ナウでヤングな>という修飾語を冠したイベントを去年!やりました。
慶応義塾大学の社会言語学・井上逸平先生のワークショップで
井上先生自身、ちょっと、もう恥ずかしい表現だけど・・・。ほかに思いつかないから・・。と言ってらっしゃいましたが。

ことば村では毎月第2・第3土曜日に誰でも参加の、ことばに関するサロンを開いています。4月は8日に「『かわいい』について考える」というテーマで慶應の博士課程の八木橋さんが話題提供をするサロンがあります。現代の若者の絶対的価値である「かわいい」ということばについて、みんなで考えます。もし、お時間があったら、ぜひおでかけください。
午後2時から・会場は事務所(五反田)です。無料です。アクセスは上記のホームページに地図があります。

今後も楽しみに拝見させてください。
Posted by おばたゆきこ at 2006年04月04日 09:42
ご紹介ありがとうございます。

ホームページはこちらですね。
http://www.chikyukotobamura.org/home.html

地図はよく分からなかったのですが、こちらでいいのでしょうか。(Yahoo!地図)
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=35.37.11.769&el=139.44.14.413&la=1&fi=1&skey=%c9%ca%c0%ee%b6%e8%cb%cc%c9%ca%c0%ee5-12-3&sc=3

昨年秋のイベントは「『ナウ』で『ヤング』な(?)ことばの心理学」ということですね。「ナウ」も「ヤング」も、まだ健在のようです。「ナウいヤングの」とはまた違うかもしれませんが。
Posted by Yeemar at 2006年04月04日 13:05
普遍性の乏しい(時代性の強い)流行は、あとで思い出すと哀しくて楽しいものです。「ナウい」はその代表例なんです。だから今は、この哀しさを誘う語として珍重されているのだと思います。芸能界における「一発屋」と同じです。
Posted by ヒルネ at 2007年05月22日 00:54
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。