2006年03月27日

かしこい・がっちり

「かしこい」ということばは、一見、ほめことばのようです。しかし、必ずしもそうではありません。

「あなたはかしこいですね」と言われて、無条件に喜べるでしょうか。べつに喜んでもいいのですが、ちょっと待てよ、と思う部分もあります。他人のことをとやかく評価すること自体が失礼だから、という理由もありますが、それは横に置いておきます。それ以外の理由でも、何となく違和感がつきまといます。

同じく人に評価されるのでも、「あなたはたいへん有能でいらっしゃる」とか「あなたは勤勉でいらっしゃる」とか言われるのならば、素直に受け入れられそうです。しかし、「あなたはかしこくていらっしゃる」とは、あまり言われたくありません。

「かしこい」を『三省堂国語辞典』(第5版)で引くと、「頭のはたらきがいい。りこうだ」という意味のほかに、「ぬけめがない」という意味があります。これは、いい意味ではありません。「かしこい」と言われて、何となく引っ掛かりを感じるのは、「抜け目がない」という意味が頭をよぎるからです。ほかの言語はどうかしりませんが、日本語で「かしこい」と言うと、それは「(ずる)がしこい」に近い意味合いを持つことがあります。

テレビを見ていると、この「かしこい」がコマーシャルに使われていました。
かしこく積立入院保険」は新登場の保険なのです。(TBS 2005.01.27 16:30ごろ)
こういう惹句に接すると、なんだか、「抜け目なく保険に入りましょう」と言われているようで、「いや、入りたくありません」と拒絶したい気持ちになります。

こう書いても、「抜け目のないことがどうしていけないのか」と疑問をもつ人もいるかもしれません。なにしろ、「抜け目がない」が、悪い意味合いをもつと感じない人もいるようなのです。室井滋さんの紹介している例ですが、こういうことがあったといいます。ある家族が、年末年始にホテルに滞在したときのことです。
明日は帰宅という最後のディナーの席、次々と出てくる中華料理を色々と皆に取り分けてくれていた義母に向かって、突如にっこり嫁が笑いながら甘ったる〜い声で言ったのだ。
「この一週間、お義母さまを見ていてつくづく思いました〜。ホント、お義母さまったら、抜け目のない方だな〜って。ウフフ」(「週刊文春」2005.01.13 p.111)
おそらく、「本当に気の利く方」とでも言いたかったのだろうと、このお母さんは想像して、なんとか納得したようです。

「かしこく保険に入りましょう」と言われると、私はこのお母さんと同じ心境になります。

この保険会社は、これにとどまらず、ほかに「がっちり」という名前の商品も販売しています。
「てごろでがっちり入院保険」だと、もしも入院ってときにはまず6万円。1日につき1万円っていう、ますますがっちりなプランもできたしね。もしも手術ってときもがっちりだし。(TBS 2006.01.24 12:10ごろ)
この「がっちり」も、『三省堂国語辞典』によれば「〔俗〕ぬけ目のない・(かんじょう高い)ようす」と出てきます。ここにも「抜け目がない」ということばが含まれています。

さらには――、以前触れた「欲張り」という、従来はけっして褒めことばではなかったはずのことばを使った商品も、この会社にはあります。
〔医療保険人気ランキングとして〕
4位 元気によくばり保険
5位 かしこく積立入院保険
(日本テレビ 2006.03.17 12:29ごろ)
「かしこい」「がっちり」「欲張り」と、抜け目のなさ、欲の深さを表すことばを、これほど並べているのを見ると、いったい、この会社の信用は大丈夫なのだろうか、と心配になります。

この会社は、「かしこい」「がっちり」「よくばり」を美徳と考えている、抜け目のない会社なのではないか。むしろ加入者のほうが、掛け金をかしこく、がっちり、よくばって取られるのではないか。と、こう思われるのは、会社にとっては決していいことではないだろうと思います。商品の命名にも品位が必要でしょう。
posted by Yeemar at 21:44| Comment(3) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
たしかに、たしかに!(昔の「得たりやおう!」と言うのはこういう時に使うのでしょう。)
気づきにくいですが、おっしゃるように「よくばり」とか「かしこく」は、決して美徳ではなかったはず。悪い意味だった言葉が、いい意味で使われるということは、その言葉で表される行為に対する社会の評価が変わったということですね。
こう言うことは、人知れずいつの間にか変わっていくのですね。言葉もまた。
Posted by 道浦俊彦 at 2006年03月28日 15:01
共感していただき、自説に自信を持ちました。初め、文章の終わりの部分を藤原正彦氏の近刊にちなんで「品格が必要」としていたのですが、私はまだ読んでいないので、「品位」としておきました。

これを書く前に、フジテレビ「週刊人物ライブ・スタ☆メン」(2006.03.26 22:00)で藤原氏の著書をもとに「日本人の品格」を論じていたのを見ていました。それに影響された文章です。
Posted by Yeemar at 2006年03月28日 21:08
藤原正彦『国家の品格』は書下ろしではなく、講演の様子をまとめたものです。内容もこれまでの国語に関する著書の内容と、基本的には同じです。
Posted by 道浦俊彦 at 2006年03月30日 07:33
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