梅原氏は、たとえば、アイヌ語の「アン」(有ル)は日本語の「ある」(有る)に当たるなどいうふうに、アイヌ語・日本語の動詞を20語ほど取り出して、語形と意味を比較しています。その上で、「アイヌ語の動詞はほとんど日本語に受け継がれており、日本語の動詞はアイヌ語起源で説明できることが分かる」と述べます。
はて、アイヌ語と日本語との関係は証明されていないはずだが、と不審に思いました。今に反論なり何なり、反響があるかと待っていましたが、紙面には何の文章も載りません。しかし、このように大胆な発言があったからには、続けて「その通りだ」とか、「違います」とかいう、他の人の意見が載ってもいいはずです。
しかたがないので、自分で調べることにしました。といっても、私はアイヌ語にはまるで素人なので、概説書を見るのが精一杯です。まずは、『講座言語6 世界の言語』(大修館書店)および『岩波講座日本語12 日本語の系統と歴史』(岩波書店)で、田村すゞ子氏のアイヌ語についての解説を読みました。
田村氏はアイヌ語の権威で、私も学生時代に授業を受けたことがあります。上記『岩波講座』の「アイヌ語と日本語」で田村氏は、
アイヌ語の構造は、チェンバレンが認めているように、日本語とそうひどく違わないのである。(p.224)と述べます。しかし、続けて、
日本語もアイヌ語も(そしてエスキモー語も)音韻体系や形態素の音韻構造の非常に簡単な言語である。したがって、〔単語などに〕偶然の一致の起こる確率が当然高い。それにまた基礎語彙といえども借用を免れ得るものではない。〔略〕これらの言語の語形と意味の少しでも似た語をたくさん集めてただちに音韻法則を立て共通基語を再構しようとすることなどは、意味のないことと言わなければならない。(p.224-225)と、非科学的な比較に陥ることを戒めています。
こうした説明を読んでから、もう一度梅原氏の挙げた語例に立ち戻ってみると、いろいろ不審な点があります。
『萱野茂のアイヌ語辞典』(三省堂)を参照しながら、梅原氏の挙げた例を点検してみると、たしかに、両言語で語形・意味の似ているものもあります。しかし、それは共通の祖先から分かれたものか、偶然の一致か、それとも、どちらかが他方のことばを借用しているにすぎないのか(ちょうど日本語で英語の「ペン」や「ノート」という単語を借用しているように)、ということは分かりません。
また、梅原氏の挙げた例の中には、「カル」(為ス)→「かる」(刈る、駆る)、「キル」(転覆スル)→「きる」(斬る)というように、大きく意味が変わっているものが混じっています。両者に関連があるということを、個別的な推論以上の証拠によって裏付けなければ、場当たり的だとそしられることになるでしょう。
梅原氏の紹介する内容で、もう一つ注意を引かれるのは、アイヌ語の助詞です。「京都を発って東京へ行く」は、アイヌ語では「オ京都、エ東京」になるというのです。まさに日本語の助詞「を」「へ」と発音が一致しています。これは本当でしょうか。
中川裕・中本ムツ子『エクスプレスアイヌ語』(白水社)を見ると、「登別へ(行く)」は「ヌプルペッ オルン」、「札幌に(行く)」は「サッポロ オルン」と書いてあります。とすれば、日本語の「(地名)へ」に当たるアイヌ語は「オルン」です。「(地名)を(発って)」の「を」はどう言うのか、これも調べましたが、ちょっと分かりませんでした。萱野氏の辞書には「を」に当たる語として「オルン、シノ、ネ、パ、ヒ、ペカ」が挙げてありますが、「オ」はありません。梅原氏の紹介する「オ京都、エ東京」のような言い方は、いったい、どういう状況で使われる、いつの時代のアイヌ語なのでしょうか。
以上は、アイヌ語に素人の学生が、教室で「先生、質問です」と尋ねているようなものだとお考えください。先生である梅原氏は、今後の研究でそれに答えてくださるのかどうか。
『エクスプレスアイヌ語』の著者でもある中川裕氏は、すでに1993年に、梅原氏をやんわりと批判する文章を書いています。その文章は、アイヌ民族博物館ホームページの中の「アイヌ文化入門」の一部として公開されています(初出はアイヌ民族博物館編『アイヌ文化の基礎知識』草風館、1993)。
ただの語呂合わせでなくまじめに系統論をやろうとすると、たいへんな問題が山積みしているために、なかなか取り組む人がでてこないというのが現状なのです。正直な話、これからアイヌ語の系統論をやろうという人にどんどん出てきてもらいたいものです。ただし、かならず比較言語学の勉強をしてからとりかかってくださるよう、お願いします。どうやら、梅原氏の主張は今に始まったものでなく、専門の方面では、すでに知られていたもののようです。




『アイヌ語の「アン」(有ル)は日本語の「ある」(有る)に当たる』とありましたが、トルコ語では「ヴァル」(有る)になります。また、方向を示す『エ』(アイヌ語・梅原氏説)と『へ』(日本語)ですが、トルコ語では『エ』または『ア』となります。
アイヌ語と日本語との関連についてのコメントではないのですが、あまりに似ている表現があったものですから、書き込ませていただきました。トルコ語を話していると「感覚的」に、日本語を話しているような錯覚に陥ることがあります。田村氏は、『言語の語形と意味の少しでも似た語をたくさん集めてただちに音韻法則を立て共通基語を再構しようとすることなどは、意味のないことと言わなければならない』と指摘されていますが、梅原氏の説明はおそらく、単なる統計的比較よりもむしろ、経験的な考察に基づいているのではないかと思いました。言葉ではなんとも説明のつかない、「感覚的」な共通点から出発する研究も、興味深いものだと思います。(もちろん、科学的論証に拠らなければ、「偶然の一致」と片付けられてしまうことは否めませんが・・・)
今、『国語学大辞典』(1980)の「日本語」の項目を見ると、「構造の点からいえば、〔日本語は〕アジアの北から西へ、朝鮮・満州・蒙古・トルコの諸言語と文法はよく似、膠着語{こうちゃくご}という点ではさらに南方の諸言語も同様である。音韻・文法等の個々の特徴はそれぞれ似た言語もあり、世界の言語全体からいって、日本語だけが特殊だということはない。」(池上禎造執筆)とあります。
つまり、広くいえば、日本語は朝鮮(韓国)語とも、トルコ語とも、そして、田村すゞ子氏の指摘するようにアイヌ語とも似た部分が少なくないのでしょう。
方向を表す日本語の助詞「へ」は、朝鮮語でも「エ」と言います。「学校へ」は「学校(ハッキョ)エ」です。これらの言語が、どこかで互いに接点をもつのかもしれませんし、そうであっても不思議ではないと思います。
ただし、日本語の「へ」は、非常に古い時代には「pe」と発音されたと考えられます。さらに言えば、日本語に「e」の音韻がなかったかもしれません。現在、他の言語でたまたま「エ」と発音されている語が、非常に古い時代にはどう発音されていたかを確かめなければ、比較はできません。
私は、日本語は、周辺地域の言語がいつの間にか混ざり合ってできたのだろうと、それこそ「感覚的に」思っています。しかし、梅原氏の発言は、「アイヌ語が……縄文語を残す言語であることは間違いない」「アイヌ語の動詞はほとんど日本語に受け継がれており」と、「感覚的」な表現を超えています。現段階では、これらが客観的な事実であるかのように記すのは問題があります。
梅原先生のオ京都エ東京で、
オは尻、エは頭です。尻を京都に向け頭を東京に向ける。
そういう言い方は、
知里真志保 著 地名アイヌ語小辞典をよく読むと
どこかに書いてあります。
私のページもご覧ください。
つまり父親の半分はアイヌ人と同じ遺伝子だということです。
遺伝子からみればアイヌ人(縄文人の末裔)なので「アイヌ語が日本語の祖語、縄文語を残す言語であることは間違いない」ということは必然なことです。