(予想に反して)じゅうぶん。うまく。「―やっている」とあります。私の言語感覚もこれに一致します。「けっこう」は、プラスの語感をもつことばと結びつきます。
ところが、場合によっては、マイナスの語感をもつことばとも結びつきます。わりあい古いところでは、北杜夫『どくとるマンボウ小辞典』(1962-63発表)で、ヤシの実の危険さを記すくだりに、こうあります。
ホノルル市では車を出して、落ちそうな実をあらかじめ取っているし、タヒチでは、〔実が落ちて〕けっこう死傷者を出していると聞いた。(中公文庫1974年初版 1979年13版 p.69)これは、「予想に反して」という部分に重点を置いた例でしょう。とはいえ、ニュースで「けっこう死傷者が出ています」とやると、喜んでいるようで、苦情が来るでしょう。やはり特殊な使い方です。
マイナスの文脈で「けっこう」をよく使うようになったのは、もう少し最近でしょう。以前のラジオ番組「谷山浩子のオールナイトニッポン」(ニッポン放送 1982.10.15)で、谷山浩子・堀ちえみ両人の次のような会話があります。
谷山 ああ、周りのスタッフの人なんか、話けっこう合わないんじゃない。そんなことない?「話がけっこう合う」ならふつうの言い方ですが、その逆の「話がけっこう合わない」は標準的ではないはずです。思うに、発言者の谷山さんは、無意識に「べつに話が合わなくても、まあけっこうなのだけれど」という、相手を思いやる気持ちを表そうとしていたのかもしれません。
堀 いえ、あの、スタッフのかたはまた別ですけれども、あの自分がその恋愛の対象にするかたとかはね。
最近の「けっこう」には、この例のように、「そうであっても、べつに悪くないのですが」という気持ちが含まれていることが多いと感じます。
「けっこう」の、標準とは異なる使い方を取り上げている文章は、私の知るところでは佐竹秀雄『サタケさんの日本語教室』(2000 角川文庫)p.16が早いほうです(これより早いものはあるのでしょうか)。佐竹氏は、「私って、けっこう明るいんです」という言い方を「断定を避ける」表現と指摘しています。ただし、どういう点が標準と離れているのかについては、具体的な指摘がありません。私が補足するなら、自分自身のことであるにもかかわらず、「けっこう明るい」と、「予想に反して」いるように言っているところが独特なのです。
さて、最近、「けっこう」のさらに極端な使い方を耳にしました。例を2つ挙げます。
中継番組で、アナウンサーと、蒸気機関車の若い機関士とが、次のような問答をしていました。
別井敬之アナウンサー 運転席って、やっぱり気分いいんでしょうね。「けっこう」ということばは、予想に反しているだけでなく、「思ったよりも度合いが高い」という場合に使います。ところが、「最高」は、度合いを比較できません。「思ったよりも最高」とか「思ったほど最高ではない」とか言うことはできません。つまり、「最高」は、ふつうは「けっこう」とは結びつかないはずなのですが、ここでは結びついています。
機関士 けっこう最高ですよ。
(NHK「生中継ふるさと一番!・守り継ぐSLの雄姿・静岡県島田市」 2006.03.14 12:20)
また、つい今日のこと、ワールドベースボールクラシックで準決勝に進出した日本チームについて、若者が次のようにインタビューに答えていました。
男性(東京 新宿) なんか、けっこうダメかなーと思ってたので、はい、とてもうれしかったですね。(NHK「ニュース7」2006.03.17 19:00)日本チームが準決勝に進出できるかどうかは、「可能」か「不可能」かの二者択一であって、両者は程度の差ではありません。「ダメ」というのは、「出場できない」ということですが、「けっこうダメ」とはどういうことでしょうか。従来の「けっこう」の語釈では説明できない用法です。
「けっこう」は、「あのー」「えーと」といった、間を持たせるための意味のないことば(フィラー)として使っている場合もあると考えられます。



