2006年03月15日

『パノラマ島奇談』から

今回もまた、江戸川乱歩の作品からことばを拾ってみます。べつにマンネリになったわけではありません。ときどきは、だれか1人の作家を集中的に取り上げてみるのもいいのではないでしょうか。

『パノラマ島奇談 他六編』(春陽文庫 1987年初版 2004年24刷)をめくってみます。もっとも、タイトルになっているこの作品、本によっては「パノラマ島奇譚」「パノラマ島綺譚」になっています。

早稲田大学図書館のデータベースで検索すると、「奇談」とするものは4種あります。1927年の『現代大衆文学全集 第3巻 江戸川乱歩集』(平凡社)、1961年の『江戸川乱歩全集 1』(桃源社)、1972年の『現代推理小説大系 1 江戸川乱歩』(講談社)、1978年の『江戸川乱歩全集 第3巻』(講談社)。

次に、「奇譚」とするものは1種です。1955年の『江戸川乱歩全集 第1巻』(春陽堂)がそうです。

さらに、「綺譚」は2種あります。1973年の『大衆文学大系 21』(講談社)、1992年の『日本幻想文学集成 14』(国書刊行会)です。

タイトルがこうであれば、内容もおそらく諸本によってばらばらでしょう。慎重を期するならば、初出の雑誌に当たるべきです。それだって誤植があるかもしれません。まして、今の春陽堂文庫によって考えるだけでは問題がありますが、ここは、まずメモのためということで目をつぶっていただきましょう。

例によって、この本にも、ふつうは目にしない言い方、誤りではないかと思われる言い方があります。
相好を崩す
寝返りを打って、細目を開いてみますと、男たちは健康らしく大の字になって、相好をくずして、よく寝入っているのです。(「パノラマ島奇談」〔1927年発表〕p.25)
「相好を崩す」は、『大辞林』第2版によれば、「それまでの表情を変えてにこにこする」とあります。私もそう思います。手近の2、3の辞書を見ても同様の記述です。

この場面では、べつに、男たちが寝ながらにこやかに笑っているのではありません。「相好」は「顔かたち、表情」ということなので、まあ「だらしなく表情を崩して」という程度の意味で使っているのでしょう。
わくわく
〔上略〕門から外へはよう出ずに、あまりの珍事に、むしろ転倒してしまって、歯の根も合わずワクワクしながら、門内の広い敷石道を、やっぱり青くなった小間使いたちといっしょにウロウロと歩きまわっていたのですが、(「パノラマ島奇談」p.46)
「転倒してしまって」は「動顛してしまって」ということです。次の「ワクワク」は、今であれば、何かいいことを楽しみにしている様子を表すことばですが、ここでは「びくびく」とか「どきどき」とか、要するに怖がっている描写です。

うれしいわけでもないのに「わくわく」を使う例は、夏目漱石の作品などにも見られます。たとえば、『それから』の主人公・代助は、三千代が病気であることを書生の門野から聞かされた後に、「凝としていながら、胸がわくわくした」(新潮文庫 1980.05.15 65刷 p.260)とあります。
なぜなれば
〔上略〕彼女としては、そんな物質上のことがらよりは、ただもう、彼女から離れてしまった夫の愛情を、どうすれば取りもどすことができるか、なぜなれば、あのできごとを境にして、それまであれほどはげしかった夫の愛情が、突然、人が変わったようにさめきってしまったのであろう、と、それのみを、夜となく昼となく、思い続けるのでありました。(「パノラマ島奇談」p.55)
「なぜなれば」「なぜならば」は、ふつうは「なぜかというと」「どうしてかと言うと」ということで、下に理由を表します。ところが、ここでは「なにゆえに」「なぜ」「どうして」ということで、下に疑問の原因となる事実を述べます。

疑問の原因を表す言い方に、古いことばで「いかなれば」というのがあります。「いかなれば、かかるならむ」は「どうして、こうなのでしょう」ということです。この「〜なれば」という言い方を、乱歩は現代の文章にそのまま持ち込んだのでしょう。
なやましい
そして、不思議なことには、どこを見回しても、あの森などは影も形も見えないのでした。
「まあ、あたしはどうかしたのでしょうか」
 千代子は悩ましげにこめかみをおさえて、救いを求めるように広介を見かえりました。
「いいえ、おまえの頭のせいではないのだよ。この島の旅人は、いつでも、こんなふうに、一つの世界から別の世界へと踏み込むのだ。(「パノラマ島奇談」p.85)
幻想的な景色を目にした女性が、自分の頭がどうかしたのではないかと思って「悩ましげ」であったというのです。ここでの「なやましい」は、官能的な様子を表しているのではありません。気分が悪く、頭痛がするというような意味です。

「なやましい」の意味として「頭を悩ませる」という意味は最近出て来たのではなく、ずいぶん前からあった、という話は、「近現代の「なやましい」」に書きました。乱歩のこの使用例も、このことを補強しています。

ただし、乱歩は一方では、「官能的な」という意味でも「なやましい」を使っています。たとえば、
〔上略〕それはある真夜中のことでしたが、広介が悩ましい悪夢にうなされてふと目を開きますと、悪夢のぬしは、次の間に寝ていたのが、いつ、かれのへやへはいってきたのか、なまめかしき寝乱れ髪をかれの胸にのせて、つつましやかなすすり泣きを続けているのでありました。(「パノラマ島奇談」p.47)
などというのは、どうも「官能的な」と考えてよさそうです。後のほうに「なまめかしき寝乱れ髪」という語句が出てくるからです。
posted by Yeemar at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学のことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/14882779

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。