2006年03月07日

『D坂の殺人事件』から

今回は、江戸川乱歩『D坂の殺人事件 他六編』(春陽文庫 1987年新装1刷 1998年19刷)から、いくつかおもしろいことばを取り上げて記します。

乱歩の小説には、江戸時代の文学などに見える、古い言い回しがよく出て来ます。そこで、きっと出身地は東京なのではないかと思いましたが、そうではなく、三重県でした。当時使われていたことばを、乱歩も使っていたにすぎないのか、それとも、わざと、使われることがまれなことばを使っていたのでしょうか。
かたみがわり
ホールのまん中で、かれらはかたみがわりに、おそろしいことばをどなり合ったが、やがて、道化のほうがバッタリ床の上に倒れると、黒人はその上におどりかかった。(「D坂の殺人事件」〔1925年発表〕p.99)
「かたみがわり」は「互いに」ということです。「契りきな かたみに袖を しぼりつつ……」という百人一首の歌がありますが、あの「かたみ」です。『日本国語大辞典』第2版によれば、すでに「武道伝来記」(1687)に出ている古いことばです。
苦しみを苦しむ
 あいつはきょうから、一日の休む暇もなく、一生涯{いっしょうがい}、長い長い一生涯、あの取り返しのつかぬ苦しみを苦しみ抜くんだ。あのどうにもしようのないもだえを、もだえ通すのだ。(「恐ろしき錯誤」〔1923年発表〕p.135)
「苦しみを苦しむ」「もだえをもだえる」というのは、いわゆる「同族目的語」です。つまり、「苦しむ」の派生語(同族)である「苦しみ」を目的語に使って、「苦しみを苦しむ」というややこしい言い方をしています。日本語には古来、「歌を歌う」などという言い方がありますが、ここで乱歩が使っている構文は、欧文脈の影響を受けたものでしょう。
飽きずまに
 北川氏は鼻の頭にいっぱい汗の玉をためて、炎天の下を飽きずまに歩き続けていた。(「恐ろしき錯誤」〔1923年発表〕p.136)
これも同じ作品からです。「飽きずまに」は、『日本国語大辞典』には載っておらず、「飽きる」の項目にも、もちろん「飽く」の項目にもありません。不思議なことばです。

「懲(こ)りずまに」ということばであれば、古典にあります。「懲りもせず」ということです。その要領で行けば、「飽きずまに」は「飽きもせず」ということで、意味は分かります。乱歩の作ったことばでしょうか。今のところは、正体不明です。
とから
 北川氏は北川氏で、その野本氏の気まずさが反映して、かれの家の敷居をまたぐとから、もう吐きけを催すほどに不快を感じていた。(「恐ろしき錯誤」〔1923年発表〕p.136)
これも耳慣れないことばですが、「またぐとから」は「またぐやいなや」というような意味です。滑稽本「七偏人」(1857-63)五・下には「子どもが腹へ孕るとから半病人に成てしまひ」とあるそうです。乱歩のこの作品と同時代である寺田寅彦の文章が、『日本国語大辞典』には載っています。

最後に、これも江戸時代から使われていることばを記しておきましょう。
とど
よろしく一問一答をくりかえしたのち、とど、細君がゆうべの一部始終を打ち明けてしまうところまでこぎつけた。(「一人二役」〔1925年発表〕p.109-110)
「とどのつまり」の略。夏目漱石も使っている語法です。

乱歩作品を読むときには、事件のなぞを推理する楽しみとは別に、こういった奇妙なことばの意味や由来を調べる楽しみもあります。
posted by Yeemar at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学のことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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