2006年02月18日

「心地いい」ということば

「心地よい」ということばはだれでも知っています。では、「心地いい」ということばはあるでしょうか。テレビを見ていると、これもまた日常的に耳にすることばです。NHKアナウンサーの発言から拾ってみましょう。
なんとも見ていてここちいいなあと思いました。〔古谷敏郎アナウンサー〕(NHK「スタジオパークからこんにちは」2001.11.02 13:05)

あ、でもみんなで合わす、そのディスコってすごく広いスペースだから、よけいにばっと合うとここちいいんでしょうね。〔黒崎めぐみアナウンサー〕(NHK「生活ほっとモーニング」2004.11.15)

浴衣が似合う季節になりました。夏は和風がここちいい。今回は浴衣に合う髪飾りをご紹介します。〔藤井彩子アナウンサー〕(NHK教育「おしゃれ工房」2005.07.06 21:30)
最後の例は、藤井アナウンサーが原稿を読んでいたと思います。このように、NHKでは「ここちいい」ということばは珍しくありません。

文学でも、宮本輝氏の小説にこうあります。
疲れたら休む。そして自分にとって心地いいものと接する。楽天的であろうと努めること。(『月光の東』〔1998.02 中央公論社刊〕新潮文庫 2003.03発行 p.398)
このほか、ちょっと古くは石原慎太郎「化石の森」(1970年)にも「心地いい」は出て来ます(新潮現代文学53 p.36)。

一方、辞書では様子が違います。日本語辞書のうち、最近出た版10種を見てみると、「心地よい」は項目にありますが(『三省堂国語辞典』第5版は項目にはなく用例にあり)、「心地いい」はどれにもありません。

「心地」も「よい」も「いい」も、いずれもごくふつうの日本語です。また、「心地のよい」も「心地のいい」もふつうの日本語です。それが「心地よい」「心地いい」と複合すると、前者は辞書の項目になる正しい日本語で、後者は辞書で無視されている語形だというのは、不思議な話です。

これは、「いい」という語が、現在のところ、まだ複合語としては使われにくいためでしょう。「心地いい」と言う人でも、「色よい」を「色いい」、「ほどよい」を「ほどいい」、そして、「こころよい(快い)」を「こころいい」とは言わないはずです。

『逆引き広辞苑』を見ると「○○いい」のように複合語の下部に「いい」のつくことばは1つも載っていません。私が考えてみても、思いつくのは、まず「かっこいい」「調子いい」(これは2語か)のような俗語です〔「気持ちいい」もあります。追記参照〕。

それから、人によっては「書きやすい」を「書きいい」のように言うことがあります。このことは「書きいいペン」で述べました。仮名垣魯文・室生犀星・幸田文なども「しゃべりいい」「やりいい」「踊りいい」などのように使っています。この言い方も、私には俗語的な感じがするのですが、どうでしょうか。

「心地いい」が辞書に載っていない理由は、編者が見落としているか、俗語として嫌ったかのどちらかだと思います。しかし、一方では、それを俗語と感じない人も少なくないとみられます。「書きいい」のような語法はずいぶん古くからあるようですが、「心地いい」はこれから広がっていくことばではないでしょうか。

追記
「気持ちいい」に言及するのを忘れていました。松井栄一氏によれば、「気持ち」は、大正期ごろまでは俗語的な感じが残っていたそうです。思うに、「いい」と結びつきやすかった理由もそこにあるのでしょう。「気持ちいい」の例は、大正時代の徳田秋声「あらくれ」(1915年)、梶井基次郎「檸檬」(1925年)にもあります。

「気持ちいい」について、『小学館日本語新辞典』の「気持ち」の項目に説明があります。〈「いい(よい)」「悪い」が付くときは、助詞を伴わないこともある。「気持ちいいスピード」「気持ち悪そうな顔つき」など。〉ということです。他の辞書では「気持ちいい」についてまったく触れられていませんが、当然載っていていい語でしょう。

現代では、「気持ちいい」は、「心地いい」に比べて違和感が持たれにくいはずです。「心地いい」も、「気持ちいい」に少し遅れて違和感が消えてきているのでしょう。

なお、松井栄一氏の論は「「心持」と「気持」」(『国語辞典はこうして作る』港の人 所収)で詳しく展開されています。(2006.02.19)


posted by Yeemar at 22:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は【心地よい】を使います。文章の中でもそうですね。

百貨店に勤務し、肌着売り場に長く居りましたので、ワコールとは縁があるのですが、ワコールのCMで『♪ここちいい〜』というのがあったのはご存知でしょうか。インナー・ナイティをはじめ、いろいろな商品がありますが、それぞれの肌触りを『ここちいい』と表現していますし、タイツには『ここちいい』という商品まであります。

自分では【心地よい】を使うものの、商品となると『ここちいい』のほうが自然に感じますね。
Posted by Наоко at 2006年02月19日 02:00
これは貴重な情報、ありがとうございます。

ワコールのコマーシャルは知りませんでした。最近のコマーシャルでしょうか?

商品名のワコール「らくしめサポート ここちいい」(ストッキング)をネットオークションの写真で確認しました。これのことですね。

なお、Googleで、ワコールのホームページの語句のみを検索してみると、「ここちいい」22件、「心地いい」3件、「ここちよい」21件、「心地よい」15件、「心地良い」1件となりました(重複除く、2006.02.19)。「ここちいい」が一番使われているのは偶然ではなさそうです。
Posted by Yeemar at 2006年02月19日 04:28
ちょうど20年前でしょうか、コマーシャルの最初は、まだ私が高校生だった頃です。世界初の形状記憶型の商品を開発し、大ヒットしたのが『ここちいい』(※最初は ここちE でした)なのです。歌もあります。
http://columbia.jp/cia/list08.html(←11)

このヒットにより、その後の商品には、『ここちいい』『いいここち』というのが増えたような気がします。

E=いい 最初はこんな感じでしたが、商品のヒットとともに、耳に慣れていったのかもしれませんね。

自分では【心地よい】を使うと申しましたが、ひらがなの表記を目にしますと、『ここちいい』はそれほど不自然には思いません。身近に商品があったからかもしれませんが…。
Posted by Наоко at 2006年02月19日 18:34
三浦徳子作詞、タケカワユキヒデ作曲、中村哲編曲で、渡辺典子歌の「ここちE」(ワコール“ここちE”イメージソング)ということですね。1986.03.05と、シングルの発売時期まで分かりました。ありがとうございます。

当時は、嵐山光三郎氏の「ABC文体」も、ややすたれかけたころだったはず。それで、「ここちE」→「ここちいい」とひらがなになったのでしょうか。

商品名の場合、「ここちよい」では何だかへんですね。「ここちいい」のほうが、なぜか自然に感じます。
Posted by Yeemar at 2006年02月19日 20:45
嵐山光三郎さんのABC文体も廃れかけていたかもしれませんが、例の国鉄民営化は1987年4月1日、それでJRが誕生した際の「E電」がありますね。故・沖田浩之の『E気持ち』とかなんとかいう曲も、この頃にはやったのではないでしょうか?・・・あ、『E気持ち』は1981年ですね。嵐山光三郎『ABC文体・鼻毛のミツアミ』は1982年です。
「E電」とワコールまで、脈々とABC文体は生きていたと言うか、一度死んだのが、シャレで復活していたのか?
どうでしたっけ、20年前は??
Posted by 道浦俊彦 at 2006年02月20日 20:44
「E電」のネーミングはたしかに潮流に乗り遅れていたと思います。ただ、もしもっと後に、広告会社の全面支援でこの名がつけられたら、事情が違っていたかもしれません。「スイカ」とか「イコカ」とか、へんな名前が反発もなく浸透する時代なので。1987年当時は、まだ新しい鉄道会社の性格もはっきりせず、「国鉄が新しがっている」としか受け取られなかったのでしょう。

なお、「最後の?E電」
http://www.asahi-net.or.jp/~qm4h-iim/k990211.htm
をご参照ください。2000年の追記に「時刻表『E電』の文字あり」と記してありますが、今はどうでしょう。話題がだいぶそれました。
Posted by Yeemar at 2006年02月21日 02:13
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