2006年02月10日

衽形(おくみなり)にしきる

比喩は、既成のことばで伝えきれないものをなんとか相手に伝えるための手段です。

既成のことばだけで伝えるのがきわめて難しいものはいろいろありますが、代表の1つは、複雑なものの形です。たとえば、青森県の下北半島の形をいくら説明しても、分からない人には分かりません。ところが、「まさかりのような形」と比喩を用いれば、一発で分かります(「まさかり半島」とも呼ばれる由)。同様に、北海道は魚の「エイ」のような形、群馬県は鶴が羽を広げて飛んでいるような形、福井県はおたまじゃくしのような形、とたとえられることがあります。イタリアは、もちろん、長靴にたとえられます。これらはすべて比喩です。

「T字路」(丁字路)とか、「川の字になって寝る」とか、「くの字に折れ曲がる」とかいうように、文字の形を比喩に使うこともあります。めずらしいところでは、「之(の)字運動」(艦船が大きくジグザグに進む運動。吉村昭「戦艦武蔵」)、「『ゐ』の字のように、ぐったりとあぐらをかいた」(堀田善衞「広場の孤独」)という例もあります。ギリシャ文字の「ζ」(ゼータ)の形に進む、というたとえを読んだ記憶もありますが、どこで読んだか忘れてしまいました。

ついでに言えば、中勘助「銀の匙」には「平仮名の「を」の字はどこか女の坐った形に似ている」という文が出てきます。これは事物で字形をたとえています。

さて、以上のような比喩も、たとえるもの自体を読み手が知らなければ、役に立ちません。尾崎紅葉の「多情多恨」に、ちょっと私にはよく分からない比喩が出てきました。
足の向くままに、地尻{ちしり}の杉垣と物置の蔀{したみ}とで衽形{おくみなり}に劃{しき}られた物干場{ものほしば}の方へ廻って見ると、隈笹{くまざさ}の所斑{ところまばら}に生{は}えた日陰に、長い霜柱{しもばしら}の矗々{ついつい}と立っているのが癪{しゃく}に障{さわ}って、(尾崎紅葉『多情多恨』〔1896年発表〕岩波文庫 1939年第1刷 2003年改版第1刷 2003.11.14第2刷 p.120)
この「衽形」がぴんと来ませんでした。「おくみ」というのは、辞書によれば
和服の前幅を広く作るために前身頃(まえみごろ)に縫いつける細長い布。(『岩波国語辞典』第6版)

和服の、左右の前身頃(まえみごろ)の前襟から裾(すそ)まで縫い付ける、半幅の細長い布。(『小学館日本語新辞典』初版)
ということですが、この説明がそもそも分からない。形や構造をことばで説明することはたいへん難しいのです。

結局、私は妻に着物を見せてもらって、ようやく見当がつきました。

着物の襟は、前身ごろに斜めに付いています。今、着物を着たときの向かって右側部分をカタカナの「イ」にたとえてみます。縦棒が前身ごろの端、「ノ」の部分が襟です。前身ごろと襟とはギリシャ文字の「Λ」(ラムダ)が縦長になったような形に離れています。この間をつなぐ布が「おくみ」です。つまり、「おくみ」は、縦に細長い布ですが、上端の部分は、ナイフの刃のように細長く「Λ」の形にすぼまって、襟と前身ごろをつないでいます。

と、字形の比喩を使って説明してみましたが、いかがでしょうか。かえってややこしくなったかもしれません。

ともあれ、尾崎紅葉が表現したかったのは、おくみの上端のように、「Λ」形に細くすぼまった土地だということでしょう。杉垣と物置とが斜めに向かい合って、「Λ」の形の狭い空間を作っていたということだと解釈されます。もっと身もふたもない言い方をすれば、ごく細長い三角形の土地です。

ふだん着物を着ない私には伝わらない比喩でした。しかし、この小説が発表された当時の読者にとっては、非常によく分かる比喩だったでしょう。
posted by Yeemar at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現・文章一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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