2006年01月28日

勇気はもらえるか

「週刊朝日」2006.02.03 p.87に、映画評論家のおすぎさんが、
今回「スタンドアップ」からは勇気をもらいました
と書いていました。

初め、何の疑問もなく読み過ごしました。しかし、たまたま私がこの週刊誌を読んでいたところが電車の中で、退屈だったため、何の気なしに、もう1度読み返してみました。そのとき、「『勇気をもらう』という言い方は、昔はなかったのではなかろうか」という気がしてきました。

人のことばや行動に勇気づけられることは、もちろんいつの時代にもあったでしょう。でも、それを「勇気をもらう」と表現していたかどうか。おそらくしていなかった。もともと、勇気は「あげ」たり「もらっ」たりするものではなかったのが、最近では授受可能なものと意識されるようになってきたのではないでしょうか。それがよいとか悪いとかいうことではありません。

私は、「勇気をもらう」はいつごろからよく使われるようになったか知りたくなって、帰ってからちょっと調べてみました。

手元には、「勇気をもらう」の用例は採ってありませんでした。あまりにも当たり前に見える言い方なので、私の注意を引かなかったせいです。そこで、朝日・毎日・読売・産経の4全国紙のデータベースを検索し〔追記参照〕、「勇気をもら」の文字列がいつごろから出てくるか確かめてみました。すると、ちょっと驚くべきことが分かりました。

主要4紙の中では、「勇気をもら」を使っている一番古い文章は、「朝日新聞」1988.01.24の「声」欄に載った次の投書です。
 彼〔尾崎豊〕の歌に、自らは言葉に出来なかったいらだちや悲しみを見つけて共感して勇気をもらったり、逆に私たちからは、一緒に歌を口ずさんだり声を届けることで彼に何らかの活力を与えることができたと思う。
この年、「勇気をもら」を使う記事は、他紙を通じてこの例のほかにありません。その後も、1990年に1件、1993年に1件という具合で、あまり使われていません。

ところが、1996年に10件に達したあたりから様子が変わってきて、どんどん増えてきました。2001年には3けたの大台に達して103件、そして、2005年は、4紙を通じて何件あったかというと、じつに249件を数えます。

これをグラフにすると、次のようになります。

この結果からすると、「勇気をもらう」という言い方は、明らかに近年広まった「新しい慣用句」と言わざるをえません。「勇気」も「もらう」もごくふつうのことばなので、私は注意せずにいたのでした。

ことばの変化というと、目につきやすい変化だけがすべてのように考えてしまいがちですが、ふつうの皮をかぶりつつ、しかし、まぎれもなく変化していることばがあります。よく論じられることばだけでなく、日々目に触れる平凡なことばにこそ注意しなければならないと自戒しました。

追記
産経新聞の記事がデータベースに入るのは1992年9月からなので、1991年までは3紙のデータです。(2006.01.31)
posted by Yeemar at 23:56| Comment(6) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「病気をもらう」は、「勇気をもらう」よりも古そうですが、いつ頃からあるのでしょうかね(『基礎日本語辞典』の「くれる」に「幼稚園で病気をもらってきた」とあります)。

それから、2003-06-12に、
http://www.tok2.com/home/okazima/sample.html
で、「勇気をもらう」を検索した人がいるのですが、Yeemarさんではないのでしょうか。

類語に「元気をもらう」もありますね。
Posted by 岡島昭浩 at 2006年01月29日 17:36
ありがとうございます。「病気(かぜ)をもらう」「元気をもらう」との関連もおもしろそうです。

ネットでは、「元気をもらう」「勇気をもらう」という言い方に不快感を表明している人もいました。「YOMIURI ONLINE(読売新聞)」の「大手小町」のうち「発言小町」2005年 4月19日19時16分に〈聞くだけでゾーッとする言葉、言い回しがあるんです!/それは「元気をもらった」。〉、また、2005年 4月23日19時6分に〈元気/勇気を貰う〉が〈気持ちが悪いです〉との書き込みがあります。
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/reader/index.htm(発言小町)

2003年に「勇気をもらう」を検索した覚えはありません。おそらく、今まであまり注意を向けたことはなかったと思います。
Posted by Yeemar at 2006年01月29日 21:06
ドラゴンボールの孫悟空の台詞あたりも影響してませんかね?

元気玉は地球上の森羅万象(生物だけだったっけな)
からチャージしたエネルギーを使うのですが,そのときに

「地球のみんなー!オラに元気を分けてくれー!」

と叫ぶんですな。

ドラゴンボールをリアルタイムで体験した世代が
いま,二十代後半から三十代前半になっている頃合です。
「勇気をもらう」用例の増加とマッチしているような気もします。
Posted by hadzki at 2006年01月30日 20:49
「ドラゴンボール」は、1986年に放送開始、その後タイトルを変えて1997年まで続いたようですね(フリー百科事典『Wikipedia』)。

私は手塚治虫原作のアニメ「青いブリンク」のせりふを思い出しました。『Wikipedia』によれば、ブリンクという雷獣が〈ウサギのような長い耳から雷球を生じ、これをカケルに投射することで勇気を与える。「カケルくん、勇気をあげるよ」がキメ台詞。〉ということです。放送は1989-1990年です。

関連があるかもしれませんね。
Posted by Yeemar at 2006年01月30日 22:54
読売テレビ・道浦俊彦氏の「平成ことば事情」に1863「勇気をもらいました」(2004.08.19)という文章があります(ご本人から教えていただきました)。
http://www.ytv.co.jp/announce/kotoba/back/1801-1900/1861.html#3

この中で、鈴木芳樹『日本語どっぷり抜き差しならぬ』(新風舎 2004.06.18)p.444-446に「イヤ〜な言い方『〜をもらった』」という文章があると報告されています。さらに鈴木氏の本では、赤瀬川原平氏が『波』2003.12で「勇気をもらった、とかいうのも非常に嫌な言葉だ。」と述べていることが紹介されているそうです。
Posted by Yeemar at 2006年02月07日 01:11
「ドラゴンボール」と「青いブリンク」の原文を確認しましたので、メモしておきます。
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〔孫悟空〕だ…大地よ 海よ そして 生きている すべての みんな ………/このオラに ほんのちょっとずつだけ 元気をわけてくれ!!!〔原文総ルビ〕
(鳥山明『ドラゴンボール』第20巻 1990.01.15 第1刷 p.77)
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(がけ上の細道で)〔ブリンク〕止まっちゃだめだよ、カケルくん。〔カケル〕だめだよ、これ以上行けないよ。〔ブリンク〕カケルくん、勇気を出して。君は男の子だろ。〔カケル〕だって、こわいんだよう。落ちそうだよ。〔ブリンク〕弱虫! しかたない、勇気をあげる。(カケルに火の玉を打ちこむ)〔カケル〕(がぜん元気になってブリンクにまたがり)ブリンク、行くぞ!
NHK「青いブリンク・第1回・はるかなる出発」1989.04.07 放送
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Posted by Yeemar at 2009年10月04日 20:59
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