学生から、では、どういう場合ならば「〜(さ)せていただきます」を使えるのか、と質問を受けたことがあります。
「〜(さ)せていただく」は、基本的には敬語体系の不備を補う役目があると私は考えます。ふつう、相手に自分が何かするときには、「お(ご)〜する」という言い方をします。しかし、ときにはこの「お(ご)〜する」が使えないときがあって、その場合に「〜(さ)せていただく」を持ち出すのです。
たとえば、相手に料理を取ってあげるときには「お取りします」、相手をどこかに連れて行くときには「ご案内します」と言えます。この「お(ご)〜する」の言い方は、「相手(または相手の所有物)に作用を加える」場合や、「相手(または相手の所有物)をどうにかする」場合に可能です。
ところが、たとえば相手の出版した本を読むときには「お読みします」とは言えません。「相手を(に)どうこうする」という場合ではないからです。「拝読します」という漢語の言い回しはありますが、和語で言おうとすれば「読ませていただきます」とでも言わざるをえません。相手のために何か1曲歌うときも、「お歌いします」と言えない以上は、「歌わせていただきます」としか言えないわけです。
相手に関して何かする場合、「お(ご)〜する」が使えないとすれば、まったく敬語抜きにするか、「〜(さ)せていただく」をどしどし使うか、二者択一ということになります。
では、直接相手に関係がない場合、この言い方は使えるのでしょうか。いくつかの例から考えてみます。
氷川きよし「歌手として、あのデビューさしていただきましたから、えー一曲一曲が勝負ということで、〔下略〕」(NHK「スタジオパークからこんにちは 金曜バラエティー」2005.11.18 12:20)この例はどうか。「自分がデビューした」のは、別に相手のためではありません。ただ、この場合は「あなた方がご厚意によって私をデビューさせてくれた」という意味合いもありそうです。そのせいか、私にはそれほど違和感がない例です。ていねいすぎる感じはありますが。
堺雅人「(テレビの)「シルクロード」で西安に行かせていただいて、一応シリーズ最終作ということでシルクロードの終着点という形だったんですけど、〔下略〕(NHK「スタジオパークからこんにちは」2005.12.09 13:05)これも氷川きよしさんと同じ種類の例です。「スタッフが厚意によって私を西安に行かせた」と解釈すれば、それほどおかしくはありません。
一方、「これは私は絶対に言わない」というのは次の例です。
民主党・前原代表「(長野県栄村を視察して)改めて大雪の被害、そして、すごさというものを体感をさしていただきました。」(NHK「ニュース7」2006.01.15 19:00)これは自分の感覚ですから、どう考えても、他人の意図とは無関係に、自然に湧き起こってくるものです。相手のために体感したわけでもなければ、だれかの厚意で体感したわけでもありません。まあ、無理に言えば、人々が尽力して前原氏にそういう気持ちが起こるようにし向けた、と言えないこともありませんが、苦しい解釈です。
自分が感覚を持ったり、感情を抱いたりすることについては「〜(さ)せていただきます」が使いにくいということが、この例で分かります。ほかに使いにくいのは、どんな場合でしょうか。
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