2006年01月16日

「迷惑」ということばの外延

「ご迷惑をおかけしました」というときの「迷惑」は、「その人のしたことが もとになって、相手や まわりの人が こまったり、いやな思いをしたり すること。」(三省堂国語辞典)という意味です。でも、実際には、きわめて深刻な事態にも「迷惑」が使われます。「迷惑」ということばの外延(使える範囲)を超えて使っているのではないかと思うことがあります。

NHKの正午のニュースで、キリンビール横浜工場が基準超える廃水を海に流したとして書類送検されたと報じられました。会社は次のような談話を出しました。
迷惑をかけ申しわけない。従業員に対する再教育を行うとともに、タンクからあふれそうな場合には、アラームが鳴るようにシステムを変えるなど、再発防止に向けた取り組みを進めている」(2006.01.16 12:00)
こういうときに「迷惑」ということばは当てはまるでしょうか。海に廃水が流れ込めば、たしかにわれわれは「こまったり、いやな思いをしたり」します。しかし、廃水の垂れ流しが続けば環境を汚染し、生きものの健康被害を引き起こすのですから、気持ちの問題ではすまなくなります。事実を直視れば、たとえば、「環境汚染につながりかねない事態を引き起こし申しわけありません」などのコメントが必要ではないか。厳しく言えばそうでしょう。

「ご迷惑」は常套句になっていて、とうてい気持ちの問題ではすまない場合にしばしば使われます。たとえば、以前に中西という衆議院議員が強制わいせつ事件で逮捕され、釈放された時に、記者会見で次のように述べました。
六本木の路上で見ず知らずの女性に大変なご迷惑をおかけしてしまいました。当時、私は、後から思い出しても思い出せないほどお酒を飲んでおり、……(「NHKニュース7」2005.03.11 19:00)
なんだか、人を長時間待たせたとか、重い荷物を運んでもらったとか、そういう話のような印象を与えます。実際は、相手の人権を冒す重大な犯罪だったのです。「ご迷惑」という表現では本来覆いきれないはずの行為をそのように表現する。そこに、この人物の反省の度合いが推量されます。

また、宮城県で中学生の男子が銃を奪おうとして警察官を刺傷した際、校長先生は
昨日、8月23日の事件について、大変ご心配やらご迷惑をおかけして、ほんとうに誠に申し訳ありません。(「NHKニュース7」2005.08.24 19:00)
と述べました。校長先生のご心痛は分かるけれども、人を刺傷した事件について、「ご迷惑」という表現はあまりにも穏やかすぎるというべきです。

「ご迷惑」という表現といえば、すぐ思い浮かぶのは、日中国交回復の際の田中角栄首相の発言です。1972年9月25日、田中首相は北京での第1回会談の後の宴会で、「〔日本は歴史上〕中国国民に多大のご迷惑をおかけした」とあいさつした。ところが、この「ご迷惑」が中国語で「麻煩」と訳され、あまりにも軽い印象を与えたために事態が紛糾したというのです。

田中首相の話は有名なので、語の意味や語感を扱う書物でよく取り上げられていると思いますが、今、探しても見つかりません。鳥飼玖美子氏の『歴史を変えた誤訳』(新潮文庫)にありそうな話ですが、出てきませんでした。もう少し探索してみます。


posted by Yeemar at 14:03| Comment(1) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そもそも迷惑を”かける”のは自分側なのに
それを”ご迷惑”と表し、自分の行為に
”おかけする”と続くのが正しい日本語なのが不思議です。

”ご心配をおかけした”は正しいと思いますね。
心配したのは相手側ですものね・・・。
Posted by あさい at 2008年06月06日 22:03
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