2006年01月10日

というふうに思います

口癖の話です。

「朝日新聞」2004.10.25 p.10「声」欄に、「「という風に」表現が急増中」という60歳代の男性の意見が載っていました。
近頃テレビ、ラジオに登場する人で「……は非常に重要である、という風に思います」、「……結論を出していただける、という風に確信しています」など、「という風に」なる挿入句を連発する人が非常に増えている。
と指摘し、この言い方について〈聞き苦しい〉と批判します。

「というふうに」という表現が「近頃」「非常に増えている」というのが事実であるかどうかは保留が必要です。この表現自体は昔からありますし、人によっては愛用していたでしょう。私は、この表現そのものに目くじらを立てる必要はないと考えます。

ただ、どんなことばでも、口癖になると耳に立つのは当たり前です。この投書を読んでからほぼ1年後、「というふうに」を頻用する人を1人見つけました。「頻用する人」というのが不正確ならば、その人が頻用している場面を見つけました。その人とは、安倍晋三官房長官です。

第3次小泉改造内閣の新閣僚記者会見の席(2005.10.30)で、安倍氏は閣僚名簿を読み上げたあと、所感を述べ、記者の質問に答えました。このときの発言は、ほぼすべての文末が「〜思います」で終わっていました。どんなことばでも「ほぼすべての文で使う」のはさすがにまずかろうと思います。以下に安倍氏の発言を列挙します。
・しっかりと今小泉総理を中心に進めている構造改革を前進させていくために全力を尽くしていきたいと、まあそう思っております
・今度の内閣については、それぞれの分野の専門の方を配しているのではないか、まあこのように思います
・しっかりと実現をしていく、改革を実現をしていく内閣ではないかと、まあいうふうに思います
・小泉総理のリーダーシップのもとに、まあしっかりと改革を進めていくようにと、そういう声であったと、こう思います
・〔総理には〕自分の次世代として存在感を示してもらいたいと、こういう気持ちがおありなんだろうというふうに思います
・まあ今までの気持ちを、まあこのまま持ち続けていきたいというふうに思っております
・そのことについて、私はまあ特にコメントする立場にはないと、まあこのように思います
・まあこの歴史認識にですね、私の立場で、この立ち入ることは差し控えたいというふうに思います
・今までと同様にですね、対話と圧力の姿勢で臨んでいかなければいけないと、まあいうふうに思います
・まあ誠意ある回答を望みたい、というふうに思います
・それぞれの負担をまあなるべく軽減をしてもらいたいというまあ地元の希望があるのはまあ当然のことだろうと、まあこのように思います
・またしっかりとまだ誠意を持って説明をしていかなければいけないと、こう思ってます
・この職責を全うすることだけを考えていきたいと、こう思ってます
こんな具合で、上記のいずれも「というふうに思います」またはそのバリエーションで終わっています。「まあ」という副詞が多いのも特徴的です。

これは、ことさら注意していれば気がつくかもしれませんが、その場にいた記者は何となく聞き流したでしょう。そうして、「なんだか心に響かない答弁だな」とぼんやり感じたのではないでしょうか。

なお、私が記者会見を聞いていたかぎりでは、防災担当相の沓掛哲男氏も「というふうに思います」をきわめて多く用いていました。

政治家には、断言することをためらう心理がはたらくものとみえます。
posted by Yeemar at 13:28| Comment(6) | TrackBack(0) | 文法一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
長らく「安部晋三」と誤記したままになっていました。すべて「安倍晋三」に訂正しました。
Posted by Yeemar at 2009年10月24日 23:07
>A [全力を尽くしていきたい]と、B [まあそう思っております]
このような言い方は、A≠B ではなく、A<B になりませんか?

また、全力を尽くしていきたい「と思う」→全力を尽くします、というように、明確な意思決定を表す言葉で表現しないのは、責任逃れの、その後の処し方にも表れています。

選挙運動中にも、このような言い方で有権者に訴えるでしょうか?それならば、その人の口癖だとも言えますが、どうでしょう?

政治家であれば、庶民にも分かり易い言葉で、自らの行動と責任を示すべきですし、私たち庶民も慇懃無礼な言い回しを避けて、シンプルにいきたいものです。
Posted by 京の桜色 at 2009年11月09日 07:34
>A [全力を尽くしていきたい]と、B [まあそう思っております]
このような言い方は、A≠B あるいは、A<B になりませんか?

また、全力を尽くしていきたい「と思う」→全力を尽くします、というように、明確な意思決定を表す言葉で表現しないのは、責任逃れの、その後の処し方にも表れています。

選挙運動中にも、このような言い方で有権者に訴えるでしょうか?それならば、その人の口癖だとも言えますが、どうでしょう?

政治家であれば、庶民にも分かり易い言葉で、自らの行動と責任を示すべきであり、私たち庶民も慇懃無礼・バカ丁寧な言い回しを避け、シンプルにいきたいものです。
Posted by 京の桜色 at 2009年11月09日 07:41
11月9日の最初のものは、A≠BはA=Bの間違いです。操作ミスで何度も失礼しました。

さて、最近よくアマチュアのスポーツ選手がインタビューで、A「いい経験になったと思います」と答える人がいますが、B「いい経験になりました」ではないでしょうか? A の言い方では、コーチや監督が選手のことをコメントする時に言いませんか?

他の単語の場合、「いい息子になったと思います」「いい母親になったと思います」「いい勉強になったと思います」「いい試合になったと思います」

これらは、全て、話し手が他者のことを言っています。

近年、断定をせず、表現にベールをかけたり、曖昧な言い回しが増えていますが、特に、若年層の人間関係(相手を傷つけたり、自分も傷つけられたくないために、広く浅く、また、自分のことを直接言わずに無意識に客観的表現を選ぶ)が関わっているのでしょうか?

とすると、安倍氏の口癖も、
>政治家には、断言することをためらう心理がはたらくものとみえます。

常に「決定は自分ではない、状況次第であり、成り行きの責任まで取りたくない」という深層心理が働いているのだと思います。「言葉遣い」「表現」という点に限れば、政治家は小沢一郎氏、田中真紀子氏のように、はっきりと簡潔な文章で話してもらいたいものです。

Posted by 京の桜色 at 2009年11月19日 09:25
「〜思います」の追加です。
JR北海道の列車事故のニュースで、社長の謝罪
「多くのお客様が怪我をする『という』大変重大な事故を発生させ『たということで』、心からお詫びを申し上げたい『と思っております』
この『・・・』は不要というより、言わない方が謝罪の気持ちが伝わるのではないでしょうか?

また、若いリポーターがインタビューをする相手の前で「○○さんにお話を伺い『たいと思い』ます」というのを
聞きましたが、これも『・・・』は要らないのでは?
Posted by 京の桜色 at 2009年12月30日 12:47
最近、やたらと耳につくと思って検索しました。2009年にはもうそのような指摘があったとは!顔を出して話す人の発言はいつも炎上の危機にさらされているので、「風に」でぼかす人が多くなったのだろうと思っていましたが、ここまで多用されると、聞き苦しいですね。。
Posted by Mie at 2016年04月12日 18:37
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