番組を作るにあたり、「指示語の指す先があいまいな文」の典型例をいくつか考えてみました。わざとあいまいにすることをねらって文を作るというのは、なかなか難しいものですが、うまく悪文ができたときには、一種の爽快感があります。
例文は番組で使われたもののほか、番組のホームページで「「これ」「それ」アンケート」という調査に使われたものもあります。しかし、ホームページはいずれなくなると思われるので、ここに集計結果の数字を記録しておきます(2004年11月の放送日から2006年1月4日現在までの合計。回答者の属性は不明。いっぺんに何度も回答できないようになっている)。
まずはじめに、
1. いちごのケーキをかわいいおさらにのせました。それは私のお気に入りです。という文の場合、「それ」は何を指すでしょうか。「いちごのケーキ」だと思う人が818人、「かわいいおさら」だと思う人が1,235人、「かわいいおさらにのったいちごのケーキ」だと思う人が839人。3通りの解釈に分かれるものの、中でも「おさら」だと思う人が多かったのは、「それ」ということばに近い位置にあることばだからでしょうか。
2. わたしのだいじなさいふは、いつも白いハンドバッグに入れています。これはお姉さんがくれたものです。この文では、「これ」を「さいふとハンドバッグ」だと思う人が787人、「ハンドバッグ」が972人、「さいふ」が1,137人。「だいじな」という形容語が注意を引いたせいで、「さいふ」が多くなったのでしょうか。しかし、この程度の数の開きならば、「さいふともハンドバッグとも決められない」と言えそうです。「うまい悪文」になっているのではないでしょうか。
3. ステレオがこわれたので、おしいれからラジオを出して音楽を聞きました。ぼくは2年間くらいそれをつかっていました。この文では、「それ」を「ステレオとラジオ」だと思う人が445人、「ラジオ」だと思う人が1,213人、「ステレオ」だと思う人が1,238人。「ラジオかステレオか分からない」という結果になっています。これもねらい通りです。さすがに、この状況で「ラジオとステレオの両方を指す」と考える人はあまり多くありません。
土田くんが新しいカメラで公園の小さな花をうつしていました。わたしはそれをはじめて見ました。「それ」を「新しいカメラ」だと思う人が592人、「小さな花」が775人。それに対し、「土田くんが新しいカメラで花をうつしているところ」だと思う人が1,529人と、圧倒的に多くなっています。私としては、「カメラ」か「花」か迷うように文を作ったつもりですが、その目論みは外れました。
5. 学校のすぐ近くに東京タワーがあります。りっぱなタワーです。これはみんなが知っています。「これ」を「東京タワー」だと思う人が1,124人、「学校のすぐ近くに東京タワーがあること」が1,309人、「東京タワーがりっぱなタワーだということ」が463人です。どれを選んでも、要するに東京タワーに関係することなので、あまり例文としてはよくなかったかもしれません。また、例文をちょっと変えて「……りっぱなタワーです。これはだれでも知っています」とすると、「これ」を「東京タワーがりっぱなタワーだということ」だと思う人が増えるかもしれません。
どういう理由で、その答えを選ぶ人数が増減するのか、はっきりとは分かりません。おそらく、ごく微妙な要因で変わるのでしょう。
国語のテストでは、「『それ』は何を指すか答えなさい」という問題がよく出ます。おなじみの出題形式です。ところが、上のような結果を見ると、指示語が何を指すか分からない場合でも、必ずしも読み手が悪いのではないことが分かります。一般の文章でも、多くの場合は、書き手がきちんと書いていないために、指示語があいまいになっているだけのことではないでしょうか。