2010年08月10日

昔は「がんばれ」を「しっかり」と言った(か)

再び、NHK「みんなでニホンGO!」についての話です。2010.08.05の放送では、「がんばれ」という励ましのことばが取り上げられました。「がんばれ」と励まされると、プレッシャーを感じて、必ずしもうれしくないというのです。

この回のディレクターの方からも、私はちょっとだけ電話取材を受けました。また、以前書いた「「頑張れ」の支持率」も参考にしていただいたそうです(番組の内容にかなり近いことが書いてあります)。ただ、私の話は、結局番組では取り上げられずに終わりました。残念。

上記の文章に書かなかったことで、私が話したのは、「昔はあまり『がんばれ、がんばれ』とは言わなかった」ということでした。

もちろん、戦前だって、かの「前畑がんばれ、前畑がんばれ」(1936年のベルリンオリンピックの中継放送、河西三省アナウンサー)のアナウンスが知られるとおり、「がんばれ」と応援していました。でも、それは、スポーツなど、闘志を持って行動している人にかけることばだったと思います。

「がんばれ」と言わないとすれば、何と言ったかというと、「しっかり」です。昔は、やわらかい調子で「しっかり!」と励ましていたのが、いつしか、強い調子の「がんばれ!」が広がってきました。結果的に、「しっかり!」と言えばすむところにまで「がんばれ!」を使うことになり、言われてつらい思いをする人も増えたのでしょう。

「しっかり」という励ましは、今ではあまり聞かなくなりましたが、昔は使っていました。たとえば、獅子文六『悦ちゃん』(1937年作品)では、主人公の悦ちゃん(柳悦子)が、近所の教会で童謡を歌う場面で、友だちから「しっかり」「がんばれ」という声援が飛びます。
 悦ちゃんは、ノコノコ、壇へ上って行った。/「しっかりやってえ、柳さアーン!」/「ガンばれえ、悦ちゃアん!」/ キワ子さんとチヨ子さんが、黄色い声を張り上げると、それを合図のように、方々から声がかかった。悦ちゃんを知らない子供が大勢だのに、口真似{くちまね}をして、/ 「悦ちゃアん!」/ 「悦ちゃアん!」と、ものすごい声援である。(角川文庫 p.347-348)
ここでは「しっかり」と「がんばれ」が並んで使われています。

明治から終戦後にかけての小学校の国定読本(第1期〜第6期)を見ていくと、次のような使われ方をしています。「しっかり」がやや優勢です。
 第2期 1910 明治43〜 しっかり1
 第3期 1918 大正 7〜 しっかり2
 第4期 1933 昭和 8〜 しっかり1 がんばる1
 第5期 1941 昭和16〜 しっかり2 がんばる1
 第6期 1947 昭和22〜 しっかり2 がんばる1
国定読本では、スポーツの応援場面でも「しっかり」が使われます。
ボク ハ、一生ケンメイ ニ 走リマシタ。/「シッカリ。」/「早ク、早ク。」/オウヱン ノ コヱ モ、ゴチャゴチャ ニ ナッテ 聞エマス。(4期2-2「四 カケッコ」)

ぼくたちは、コートへでていった。/たかやま先生が、/「しっかりやれ。」/と、元気づけてくださった。/「ピー。」/と、用意のふえが鳴った。(6期4-1「五 作文(ドッジボール大会)」)
一方、「がんばる」はどうかというと、山登りでへばっている友だちに「がんばれ」と言ったり、戦場の塹壕で〈一週間もがんばりつづけましたが〉のように使ったりしています。「しっかり」よりも過酷な感じです。

佐々木邦「わんぱく時代」(1932年作品)では、相撲を取る場面で、「がんばれ」は使われず、「しっかり」が使われます。
「よしよし」/「今度は負けない」/「何だ? このヒョロ/\が」/ と九鬼君も一生懸命だった。/「稲垣君{いながきくん}、しっかり!」/「しっかりしっかり!」/ と王供君{おうともくん}と別所君{べっしょくん}と大西君{おおにしくん}が応援してくれた。/「坊ちゃんさま、坊ちゃんさま、おしっかり」/ と神戸さんは大声を立てた。行司のくせにひいきをする。僕は九鬼君を土俵際へ押しつめた。(『佐々木邦全集』第14巻(講談社)p.170)
今だったら、こんな時に「しっかり」とは絶対言わず、「がんばれ」しかないと思います(なお「おしっかり」はわざとです)。

「しっかり」が似合うのは女性です。小津安二郎監督の映画「麦秋」(1951年松竹)では、「しっかり」の使われる場面が2か所あります(以下の引用、松竹ホームビデオによる)。
間宮康一(笠智衆) とにかく終戦後、女がエチケットを悪用して、ますますずうずうしくなってきつつあることだけは確かだね。
間宮紀子(原節子) そんなことない。これでやっと普通になってきたの。今まで男がずうずうしすぎたのよ。
間宮史子(三宅邦子) しっかりしっかり。ふふふ。
 …………
田村アヤ(淡島千景) 幸福なんて何さ。単なる楽しい予想じゃないの。競馬に行く前の晩みたいなもんよ。あしたはこれとこれとこれ買って、大穴が出たら何買おうなんて、一人でわくわくしてるようなもんよ。
高梨マリ(志賀眞津子) 違う。〔未婚者にはそんなこと言う〕権利なし。
安田高子(井川邦子) 権利なし。
アヤ あんた何さ。
間宮紀子(原節子) 〔アヤに〕しっかりしっかり
こういうときに、当時の女性はあまり「がんばれ」とは言わなかっただろう、「しっかり」がふつうだったろう、というのが私の見方です。

「がんばれ」は命令形なので、「何をがんばればいいのか?」と反発する気持ちも出てきます。一方、「しっかり」は、「土台がゆるがないように」「気をつけて」というような意味なので、反発する気持ちも起こりません。この点は、「しっかり」の長所です。このことばが使われなくなったのは、もったいないことです。

「がんばれ」と言われて傷つく人に対しては、「しっかりね」と言ってはどうでしょう。今の感覚に合うことばとして、推薦しておきます。

関連文章=「「頑張れ」の支持率

posted by Yeemar at 18:58| Comment(4) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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