NHK「みんなでニホンGO!」の今週の放送(2010.07.15 22:00)は、語尾の「じゃん」および「私って〜じゃないですか」を取り上げました。後者では、特に、「私って、うそのつけない人じゃないですか」のように、相手の知るはずもない、自分のことについて言う用法(仮に「自己言及用法」と言っておきます)に焦点を当てました。「こういう言い方に違和感はあるか」とスタジオの人々に聞いていました。
私は、この回にはアイデア段階で協力させていただいたので、途中のいきさつも、多少は知っています。スタッフのみなさんは、完成までにきっと苦労されただろうと思います。というのも、「私って〜じゃないですか」という言い方は、話題になっているにもかかわらず、実例がさっぱり見つからないからです。
『三省堂国語辞典』では、「じゃないですか」を連語として立てています(今回の第6版から)。そこには、「この本はあなたのじゃないですか」(質問)、「名刺ってかさばるじゃないですか」(同意要求)とあわせて、「私ってうそのつけない人じゃないですか」(自己言及)の用法を入れてあります。番組では、この3つの例文がいずれも紹介されました。ところが、最後の例文は、実は、作例を辞書に載せたもので、実例ではないのです。
スタッフは、「私って〜じゃないですか」と言っている映像・音声を探し求めていました。ところが、私の手元には、この用法の「じゃないですか」の用例はひとつもありませんでした。
私には、それ以上の協力はほとんどできませんでした(ほかに、いろいろアイデアは提供しましたが、今回の内容には結実しませんでした)。その後どうなったか、興味津々で放送を待ちました。
番組を見て知ったのですが、スタッフは、「私って〜じゃないですか」の実例の大がかりな捜索を行ったようです。
まず、〈取材班はある1日のテレビ番組をチェック。東京にあるテレビ局のバラエティー番組すべてをウオッチ。「じゃないですか」を丹念に数え上げた〉。のべ28時間15分に及ぶ放送をチェックした結果、たとえば、「ギャル、イコール、マルキューの店員じゃないですか」(TBS)「今の話じゃ無理じゃないですか」(テレビ東京)など、「じゃないですか」が、実に155例採集されたと言います。ところが、「私って〜じゃないですか」に類する自己言及用法は、ついに1例もなかったようです。もしあれば、必ず番組内で紹介されたはずです。
あるいは、「トーク番組の収録」と称して若者を集め、アナウンサーの司会で自由会話をさせました。これも、「じゃないですか」の実例を採集するためです。すると、たしかに「じゃないですか」そのものは何度も出てきました。でも、自己言及用法はやはり1度も出てこなかったようです。
番組では、結局、自己言及用法には必ずしもこだわらず、「じゃないですか」一般に話を広げることで、なんとかまとめていました。とはいえ、「じゃないですか」自体は昔からあった表現です。夏目漱石の小説にも、「〔迷亭君が〕その辺の消息を説明したものとすれば、中々味があるじゃないですか」(吾輩は猫である)とあります(ここでは、同意を求める用法)。肝心の自己言及用法の実例が紹介できなかったのは残念でしたが、スタッフは最大限努力したと思います。
さて、そうすると、「私ってうそのつけない人じゃないですか」なんて言い方が、そもそもあるのか、という話になります。騒がれているだけで実体のない、いわば「幽霊用法」ではないのでしょうか。
「幽霊語」とか「幽霊用法」とかいうものは、たまにあります。たとえば、以前、若い人が使っていると話題になった「チョベリバ」は、実際にはほとんど使う人がなかったようです。実体のないことばを指弾して、「ことばが乱れている」と言うことは、ありうることです。
もし「じゃないですか」の自己言及用法が幽霊用法であれば、『三省堂国語辞典』はフライングをしたことになります。この辞書は、新聞・雑誌・テレビなどの用例に基づいて語釈や例文を書くことを基本にしていますが、「じゃないですか」に関しては、自己言及用法があると言われていることだけを根拠にして、実例の吟味を怠ったことになります。
ただ、まったく用例がないかというと、実はあるのです。それは、木村拓哉さんの例と、松岡充さん(SOPHIAのボーカル)の例です。彼らがテレビやラジオに出演してしゃべった内容を、ファンが忠実に再現したホームページがあります。その中から3例見つけました。
●〔木村〕居ますよね、家に来る〔ファンの〕人。夜テレビとか見てるじゃないですか。そうすると、窓の外でピカーッと〔カメラが〕光るんですよ。まさか雷はって思って、ファーッとカーテン、ビヤッと〔開けて〕やると、あのー女の子が3人とか2人とかで。
フジテレビ「HEY! HEY! HEY!」1996.07.29放送
http://www.geocities.jp/smap_angel/tv/tv96.html
●〔木村〕僕、正直「ハウルの動く城」をやらせてもらったとき、「俺、すげーだろ」と思ったんですよ。あの、俺に対して、僕も、スタジオジブリ大好きなんで、今までの作品とか全部見てるじゃないですか。そこに自分が身をおいてやらせていただいて、ね、自分の声なんだけど、ハウルの声としてやらせてもらったときに、すっげーだろ!て自分に対して思ったんですよ。
文化放送「STOP THE SMAP」2006.05.26放送〔?〕
http://www.mypress.jp/v2_writers/seinanao/story/?story_id=1416451
●〔松岡充〕たまたま曲作りしてるスタジオが〔うどん屋の〕近くで,出前とったらすごくうまくて.例えば日本全国にツアーとかで行って,例えば徳島とか本場で食べてるじゃないですか,僕なんて.
〔堂本光一〕ツアーでいろんなとこ行ってね.
フジテレビ「堂本兄弟」2002.02.24
http://www.fujitv.co.jp/DOMOTO/talk/042.html
放送を直接聞いたわけではありませんが、おそらくこのとおりに発言していたのでしょう。これらは、自分のことについて「じゃないですか」と言っています。やはり「じゃないですか」の自己言及用法はあるわけです。
これらの例については、NHKのスタッフにも知らせました。でも、「ジャニーズの例は、差し障りがあって使えません」とのことでした。まあ、しかたがないでしょう。
今回の番組のための準備や、また、放送された内容によって、「じゃないですか」の自己言及用法が、言われるほどには多くない、むしろ少ないことが分かりました。何しろ、スタッフが「じゃないですか」を155例採集して、その中に自己言及用法がないのです。話題になっていることばを取り上げたはずが、皮肉な結果になりました。
木村拓哉さんらがこの使い方をするのは、納得できます。木村さんぐらいになると、みんなが自分のことを知っていて当然であり、そこで、「僕も、〔ジブリの作品を〕全部見てるじゃないですか」と言えるのです。若い人が誰でも使うことばではなく、テレビなどで限られた人が例外的に使って、それがインパクトを与えているのではないでしょうか。
私はバラエティー番組などからことばの用例を採ることはあまりありません。でも、「じゃないですか」の自己言及用法を採集するためには、そういった番組も見なければならないかなあ、と思います。「タレントの誰が自己言及用法をよく使っている」ということをご存じの方があれば、ぜひお教えください。
▼関連文章=「「じゃないですか」の先祖」
ラベル:じゃないですか みんなでニホンGO!