会社の管理職が法律の条件に当てはまるか尋ねたところ、「ほとんど当てはまらない」が9%、「かなり当てはまらない」が18%、「一部当てはまらない」が36%で、(NHK「ニュース7」2008.03.23 19:00)この「かなり当てはまらない」に注意が向きました。私は使わない言い方です。こういうアンケートの文言は、数値を日常語に翻訳している面もあるので、ふつうの日本語とは違った言い回しになることがあるかもしれません。
『三省堂国語辞典』第6版では、「かなり」は次のように説明しています。
(1)極端(キョクタン)なほどではないが、程度が強いようす。「―大きい」(2)〔俗〕非常に。すごく。「―むかつく」第5版では〈相当。「―大きい」〉だけだったので、詳しくなっています。これは「かなり+肯定表現」を想定した説明です。「かなり」はふつう否定表現とは結びつかず、「かなり痛くない」「かなり高くない」などとは言いにくいはずだからです。「かなりつまらない」とは言いますが、これは「つまらない」が否定表現ではなく「無味乾燥」の意の形容詞になっているからです。
『三省堂』の上記の説明でも、むりやり「かなり当てはまらない」を解釈できないこともありません。「ほとんど当てはまらない」を「はずれ度A」とした場合、「かなり当てはまらない」は、そこまで極端ではないが、まあ「はずれ度B」ぐらいといった語感でしょうか。
しかし、私の語感では、「かなり+否定表現」が何パーセント程度を指すのか、分かりません。「テストがかなりできた」と言えば、80点か90点かといった点を思い浮かべます(100点ではない)。一方、「テストがかなりできなかった」と言われても、さあ、それは何点ぐらいか、ちょっとイメージしがたいのです。肯定表現の場合を単純に逆転すれば10点か20点だったということになりますが、その場合、私なら「ほとんどできなかった」になります。私の語感に基づいてだいたいのところを示すと、0点は「まったくできなかった」、0〜40点ぐらいは「ほとんどできなかった」、40〜70点ぐらいは「あまり(それほど)できなかった」、70〜80点ぐらいは「ふつう(まあまあ)だった」、80〜90点ぐらいは「かなりできた」、90〜100点は「よく(たいへんよく)できた」であり、「かなりできなかった」の入る余地はありません。
ところが、この「かなり+否定」は、しばしば目にします。用例を引用します。
〔チョコボールのくじの〕金〔=ゴールドの意〕も本当にあるのだが、かなり出ない。仮に「20個に1枚銀」と仮定すると、銀5枚ぶんつまり「100個に1枚金」ぐらいになるのか。〔つぼさがし46・「おもちゃのカンヅメ」のつぼ〕(「週刊朝日」2005.03.04 p.56)これらの用法をかりに辞書に載せるとすれば、「〔俗〕〔下に打ち消しのことばが来る〕ほとんど。」と簡潔に説明したいところです。上の例は、「くじの『金』がほとんど出ない」「ほとんど肉しか買って来ない」「ほとんど呂律が回っていない」と解して差し支えないからです。ただ、そうすると、先のアンケートの「ほとんど当てはまらない」と「かなり当てはまらない」の違いが出ません。その点に配慮すれば、
今連載している雑誌の担当も男性で、男性作家の担当が当然多いのだけれど、この人も〔差し入れ時に〕かなり肉しか買って来ない。〔安野モヨコ・くいいじ8〕(「週刊文春」2006.10.19 p.69)
「そうだよ、雅子ちゃん」山瀬が口をはさんだ。かなり呂律{ろれつ}が回っていない。「この際、犬の名前もヨーから、プーぐらいに変えてさ」〔藤田宜永・喜の行列悲の行列51〕(「サンデー毎日」2007.04.29 p.59)
〔俗〕極端(キョクタン)なほどではないが、程度が弱いようす。「条件に―当てはまらない」このようになるでしょうか。
『三省堂国語辞典』は、新用法はわりあい積極的に載せる辞書ですが、この「かなり」は、用法になお不明な点もあるので、載せるにあたっては迷う語といえます。『三省堂』は第6版が出たばかりなので、次の改訂で載せるとしてもまだ先のことです。この用法をそれよりも先に載せる辞書は、おそらくないでしょう。